いつもだったら4月の後半には、灼熱のジャイプール滞在を経て
ネパールに移動してるのだけど、今回はどちらにも行けなそうだ。
ジャイプールは、北インドのラジャスタン州の州都。
インドを1週間で満喫しよう! つまり無理だよ!
みたいな弾丸パッケージツアーには、必ず入ってくるインド有数の観光地だ。
インドの首都デリーから南西266km、
人口約330万人(2010年。古い)のジャイプールは、
インドでは11番目に人口が多い、結構な大都市。
城壁に囲まれた「ピンク・シティ」と呼ばれる旧市街で有名。
なんでも1876年にイギリスのアルバート王子が訪れる際、
ここの建物をわざわざピンクに塗ったらしい。
200年以上前のピンクは、今ではほぼ茶色に近くなり、
かろうじて、見方によってはサーモンピンクと言えなくもない、かな
くらいだけど、それでもジャイプールは、ピンクシティの街として知られている。
他にも、窓が1000個近くある、風の宮殿「ハワ・マハール」とか、
世界遺産になっている巨大な天文台「ジャンタル・マンタル」とか
観光名所には事欠かないジャイプールだけど、
世界的に有名な石マーケットでも知られている。
ラジャスタン州で産出される天然石をジャイプールで加工して
昔のマハラジャ(王様)に献納していたので、
宝石店や、石の研磨工場がわんさかあるのだ。
マハラジャが宝飾品好きで、
インド国内はもちろん、世界各地からいろんな石を集めさせたそうだ。
ジャイプールだけで2000軒以上の石屋があると言われている。
私が数えた訳じゃないんだけど、ジャイプールにいると
それくらいの数はあるだろうという気がする。
畳二畳分くらいにショーケースをぽんと置いただけでも、店は店だ。
私がジャイプールに初めて来たのは2005年。
宝石学の学校に行くためだった。
学校は三ヶ月半だったけど
その後すぐにジュエリー制作も始めたので、
結局、約半年間ジャイプールでどっぷり石漬けの日々を送ることになった。
近所には、ジャイプールの中央郵便局があった。
学校が始まってから間もなく、日本から小包が届いたので取りに行くと
別室で待たされた。しばらくして小包を持ってきたおっちゃんは
その中身について、どうでもいい質問をしてきた。
どうでもいい質問だったので、私も適当に返してると
へんなタイミングで沈黙が訪れた。
「君、宝石の学校に行ってるんだよね?じゃあこれ、なんだかわかるかな?」
おっちゃんがかしこまってシャツの胸ポケットから何か取り出した。
小さいビニール袋に研磨された天然石が三つ入っていた。
表面は細かい傷だらけで、目立ったひびも入った
いかにも安っぽい石だった。石の名前をあてるのは
別に宝石の学校に行ってなくたってできた。
「僕の甥っ子が石屋をやってるんだ。
興味あるなら来ないか?
もし今この石が欲しいんなら安くしておくよ」
おっちゃんの笑顔は清々しく、自信に満ちていた。
そこには、こっそり本業からずれて商売しようとしてる
罪悪感はみじんもなかった。
「いや、石は足りてるので大丈夫です」
思わず吹き出しそうになったけど
私も自信に満ちてにっこり答えてみた。
おっちゃんは、あいまいに笑って首をゆらゆら降った。
インド人の「首をゆらゆら降る」はとても便利だ。
シチュエーションとその強弱によって、
YESにもNOにも、たぶんにもまあまあにもなる。
この時のおっちゃんののゆらゆらは
おそらく「なーんだ」だった。
さすがジャイプール、
郵便局員まで石を売りつけようとする。
市内でリキシャに乗っても、
だいたいどこかの石屋に連れていきたがる。
自分の持っている「スペシャル・ピース」を見せたがることも
珍しくない。だいたいスペシャルじゃないんだけど。
この、「隙あらばビジネスチャンス!」のガッツには、
しょっちゅう辟易させられるけど、
やっぱりインドだなあ、と感心することも多い。
「私には、あなたが思ってるような隙はないし、
そのガッツは無駄ではないだろうか」
と思わされるシーンは多々ある。
実際、私の時間も無駄にされてるけど
このガッツはすごいなあと思う。
石の仕入れの時も、
「この石の、この色で、このクオリティのこういう形が欲しい」
と言って、
「違う石の、違う色の、違うクオリティの、全然違う形」
のパケットを、次から次へ延々見せられることもある。
もちろん
「これは、頼んだ石はないな」と思ってやめればよい。
同じパターンが繰り返されるのにも慣れてくるので
見切りをつけるのにも慣れてくる。
でも未だに、
「次こそはもしかしたらいいものが出てくるんじゃないか」
とつい期待してしまうことがある。
パケットを次から次へと開け続け、
気づいたら、目の前に全然欲しくない石の山ができていて、
費やしてしまった時間にはっとする。
実際、このパターンで掘り出し物を見つけたりすることもある。
当初頼んだものと全く違う種類で、形も全然違うけど、
価格も見た目も魅力的な石が、ぽんと出てきたりする。
石マーケットは、物差しがあってないようなものなのだ。
これだ!という法則を学んだと思っても、あっさり肩透かしをくらうこともある。
ジャイプールは、感染状況が最も深刻なレッドゾーンに指定されている。
毎回、鍛えられるインド、鍛えられるジャイプール。
もーやんなっちゃうこともあるけど
行けないとなると全てがほろ苦く見えてくるよ。
ほろ苦いですめばいいけど。
みんな、元気かな。元気でいてね。
