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インドから日本に帰国した。

7月30日、デリーから羽田のJALの特別便はまさかの239席満席。

ディスタンスも何もなし。

でも、JALは搭乗口に図解ボードを表示していて

機内の空気は数分ごとに入れ替わっていますよということを

アピールしていた。とりあえず空気は密ではないよということね。

そして、搭乗口で配られたフェイスシールドの機内での着用は義務づけられていなかった。

これ、後ろがゴムで、まるで孫悟空の頭の輪っかのようにじわじわと痛くなる。

デリーまでの国内線で辟易していたので、着用が義務づけられていないことにホッとする。

そして、頭が痛くなるのはみんな一緒らしく、

機内では、ほとんどの人が着けていなかった。

じゃあ、感染予防効果ってどうなんだろうねえ。

一生に一度だといいなあ、の帰国物語(インド・ゴア→東京)(空港での検査編)_d0132132_21375065.jpg
こっちはインド国内線。席の間は最低1席開けられてる。それがたまたま乗客が少なかったからかどうかは不明。後ろに写っているインド人のお兄ちゃんは防護服+N95マスク+手袋+マイフェイスシールド(頭周りサイズの調節ができるタイプ)。私はシールドとマスクのダブルだけでもう苦しい。苦しすぎてN95マスク、せっかく買ったのに使わなかった。


ちなみに、孫悟空の頭の輪っかは、緊箍児(きんこじ)というのだそうだ。

気になって後で調べた。読めないし、書けないし、忘れそうだ。


閑話休題。


私たちがデリーを出る前日(7月29日)に、日本の空港での検査方法が

変更された。

インドから日本に帰ってきた人は全員PCR検査が義務づけられていた。

これは、あの鼻から摂るやつで、結果が出るまで空港で10時間くらい待つ。

ちなみに結果を待たずに家に帰る事もできた。(公共交通機関は使用不可)

そこは、迎えに来てもらう友人にも、家族にも悪いなと思い、

空港で結果を待つつもりだった。

いよいよ空港ロビーの段ボールベッドで待機かと思って覚悟していた。


そしたら、日本の空港での鼻からの PCR検査が、唾液採取による抗原検査に変更された。

これは、待ち時間が10時間から2、3時間に短縮され、検査結果を待ってから

入国手続きに進むというもの。感染拡大防止の水際対策としては

単純に考えて、こちらの方が理にかなっている。


自分のインド出発直前に変更されたので、

それまで情報収集した、日本に帰ってきた時の検査状況のことは

まるで参考にならないことがわかって、なんだよと思うが

どのタイミングで変更されても、こういうことは起こるのでしょうがない。


ちなみにPCR検査と抗原検査は、違うものなんだそうだ。
このワードだって、コロナ前は聞いたことなかったよ。
違い→
こちらを参考に。


羽田空港に着陸したのは日本時間の朝7時前。

インドだと朝の3時すぎなので、もちろん眠い。

検査場が混み合っているという理由で、降機まで1時間半待たされる。


その時、日本語の機内アナウンスでは

「しばらくお待ちくださいませ」だったのが

その後に続く英語のアナウンスで

「1、2時間お待たせするかもしれません」と言われて萎える。

乗客は8割方日本人(目測)で、後はインド人らしかった。

ほぼ鎖国状態の日本に、この人たちはどうして入国できるかわからなかった。

多分、どうにかしてやっと家族のもとに帰れるのね、よかったね。

お母さんと小さい子ども、というケースもいくつかあって、

子どもはもれなくぐずって泣いていた。そりゃ泣くわ。

インド各地からデリー空港までたどり着くだけでもそれぞれのドラマがある。

そんでお母さんはもれなく、もう遠い目をしていた。泣きたいのはこっちだよね。


降りたら、なんとなくみんなそれとなく距離を取りながら

検査の待合室と化している、別の搭乗ゲートまで行く。

それとなく、というのは、みんなくたくたに疲れていたのと

満席の国際線に乗ってきて、今更ディスタンスも何も、ってのもあったんだろうか。

飛行機を降りて、別の搭乗ゲートに歩いて行くのは奇妙な感じだ。

一生に一度だといいなあ、の帰国物語(インド・ゴア→東京)(空港での検査編)_d0132132_21442972.jpg

そこで並んで、一人ずつ受付をして、

検査の手順の用紙をもらう。

一生に一度だといいなあ、の帰国物語(インド・ゴア→東京)(空港での検査編)_d0132132_21442466.jpg

そこで手順の用紙の説明をされて、

検査を行う別の搭乗ゲート(多分ね)に移動する。

そこでまた並んで、ひとりずつ説明を受けて、自分の番号がついた

プラスチックの試験管を渡される。


「あそこの「じょうご」を一人ひとつ取って、ブースに入って

試験管にじょうごを乗せて、唾液を取ってください」


こんなん、検査の手順の用紙に書いておけば、いちいち説明のために

乗客一人ひとりに接するリスクを防げるのにね。


何しろ私たちが帰国する2日前に検査方法が変わったので、

いちいち手際が悪いこと、日本クオリティとは思えない。


そして、それぞれがペラペラのプラスチックのじょうごを取って

選挙の投票ブースよりちょっと大きめのスペースに進む。


ちなみに、ここは撮影禁止。


そこで唾液を自分で試験管に入れるんだけど、

1ccと線が引いてあるところまで入れるんだけど

かなりそれより多い量に思えた。


ただでさえ乾燥した機内で脱水している上に、

この検査の前は飲食してはいけない。

その状態で十分な唾液を出すのは思ったよりきつい。


それは想定内なのだ。

梅干しとレモンの写真がブース内に貼ってあった。

日本っぽい。梅干しを知らない人が写真を見ても唾は出ないよね。


なんとか唾液採取を終わらせて、

試験管を提出して、私は次の列に着く。

とにかく並び続けるのだ。

ゴアから一緒に道中を共にしたカヨちゃん、

唾液採取に何故かダメ出しをされて

再度トライすることに。

二度目の唾液採取を終わらせたカヨちゃんは、青ざめていた。

「。。。気持ち悪い」

ただでさえ脱水してたところを

二回も頑張って唾液採取したカヨちゃんは

フラフラになっていた。

私が持っていた水が少しだけあったけどそれでは足りず

ずいぶん向こうにあった自販機のところに戻ろうとしたら、

検疫の人に戻れないと言われた。すまなそうだった。


水の一本くらい、ご自由にお持ちくださいってあってもいいのにね。


ちなみに、検査の結果が出ないと入国できない。

つまり、私たちが検査をしてるところはどこの国でもないので

そこで飲食を提供することには何か問題があるのかもしれない。


にしても、しつこいけどさ、
水のペットボトル一本くらいどうにかできるんじゃないか?


検査方法が変わる前で待ち時間が長かった時は

他にどこも開いてないので、おにぎりとかお茶とか支給されてたみたいで

密かにコンビニおにぎりを楽しみにしていた私たちはガッカリだった。


あの、和食ジャンクフードのコンビニおにぎり、

ジャンクと分かっていても帰国すると食べたくなる。


検査後、ベンチがある待合室(つまり別の搭乗ゲート)に行くまでに、

多分100m近い列に並ぶ。眠いのと疲れてるので膝カックンしそうだ。

1時間くらい並んだかな、また違う受付で

帰る場所と連絡先、帰る手段(レンタカーかお迎え。タクシー不可)

を確認される。この時点でまだ結果は分からず。


カヨちゃんの担当の検疫の人が、思わず

「うわーまだこんなに並んでるー。。。」と呟いたので、カヨちゃんも思わず

「そうなんですよ、もうずっと並んでるんですけど、せめて水の一本くらい・・・」

と訴えたら

「私たちも皆さんが到着するずっと前から休憩なしで働きっぱなしなんです泣」

と逆に訴えられたそうだ。


そうよね、検疫の個々人に責任はない。

説明は、丁寧すぎるくらい丁寧にしてくれた。


膝カックンしそうなくらいの疲労と眠気でやっと「待合スペース」

(別の搭乗ゲート)までたどり着く。そこでやっと自販機があった。

冷房で冷え切った体に冷たい飲み物しかない。

ベンチで寝落ちしてしまったところに自分の番号を呼ばれてカウンターに。


「はい、陰性です」と言われて、カードを渡され、またまた

帰る場所と連絡先、帰る手段(レンタカーかお迎え。タクシー不可)

を確認される。


そして、そのカードを見せながら、入国手続きに進む。

あっという間に終わる。


預け荷物も、とっくにベルトコンベアから下ろしてあった。

荷物の色別に仕分けしてあった。すぐ荷物が見つかるようにとのことなのねきっと。


やっとこさ国際線到着ロビーに出た時は、12時くらいだった。
着陸してから約5時間が経過していた。
かかる時間も疲労具合も想定内ではあったけど、
それはもう、ぐったりだった。


車を出して迎えに来てくれた友達に後光がさして見えた。


着陸してから検査して結果待って解放まで5時間近く。

私たちは検査方法が変わったばかりの帰国なので

後から帰ってくる人はもうちょいスムーズであって欲しいなあ。

でも、今恐ろしいくらい便数が少ない状態でこうなんだから

便数が増えたらどんなになっちゃうんでしょう。

着陸しても、飛行機の中で待たされる、ってのは避けられないかもね。


陰性でも、14日間は自主隔離。

ちなみに、 LINEか電話での健康確認の連絡は一切ない。

陰性だとわりと放置ってのはほんとだったのかな。

あくまでも、かな、だけど。


自主隔離が終わっても

いつもの巡業モードにはなれそうもない。


先が見えないことに疲れているのは世界共通。


政府は死んでも守ってくれなさそうなので

ふざけんなと言える事は言いつつ、

自分が今日できることを、コツコツと。

マスクまた配るとかイソジンとか国会死んでも開かんとか

もう痛々しい。


思えば、4月かな、首相がのんびり犬を撫でてる動画を見て

その時インドにいた私は、静かに悟ったのだった。

「ああ、助けは来ない。どこからも来ない。」と。

そこからの展開がすごかったね日本。

インドも大概すごいけどね、日本帰ってきたからね私。


ただいま日本。みんなに会いたいなあ。会いたいねえ。





# by shantiriot | 2020-08-07 14:59

何度もいうけどパッキングが苦手だ。

移動の緊張に、整理整頓がストレスという劣等感が加わって

「パッキングをしなければいけないシチュエーション」に

不必要にドキドキしてしまう。


今回の「パッキングをしなければいけないシチュエーション」は、

全然終わる気配がないどころか、

どんどんエスカレートしてるコロナの渦中。

そりゃ世界共通なんだけど、


どんどん減便される日本への特別便、さすがに先が見えないことに疲れてきて

いつものようにジャイプールにもネパールにも寄ることができないまま、

日本の仕事もオーガナイズができないまま、

とにかく帰ることに決めたので、不必要なドキドキが倍増する。


パッキングはいつもより早め早めに終わったものの、

アドレナリン大放出であまり寝られないまま出発する。

それでもタクシーが動き出した瞬間、ほっとする。

ああ、もうできることは何もない。

「持ってるものしか持ってない」という心地よい降伏感。

この降伏感の快感がやめられないから旅が好きなのかもな。


とは言え、今回は旅どころかゴアに7ヶ月もいてしまった。

ゴアをベースにした小さな旅をするどころではなくなってしまった。

初めて滞在したゴアのモンスーンは、

日に日に緑の絨毯が色濃く、厚くなっていくのがワクワクした。

とはいえ、東京の梅雨とは比べものにならないほど、ものすごい雨の量と湿気。

壁も、出してある服も、全てが1日の大雨でしっとりする。

湿気の塊の表面を手で撫でられる気がする。

ジメジメ、という言葉を再定義した。


日本までの道のりは、

ゴア→首都デリー→東京・羽田 の順番だ。

インド国内線は、私が飛んだ7月29日時点では

全体の3割しか飛んでおらず、

ゴアからデリーまでは1日一本しか確実に飛ぶ便がない。

確実に、というのは、他の便もチケットは売ってるけど

飛ぶかギリギリまでわからないよ、という意味。

というわけで、デリーでのトランジットは25時間。

まあインドの国内線から国際線の乗り継ぎでこんなのはまずないんだけど

飛んでるだけいい。


ゴアから日本への直行便はもともとないので

臨時便なんて飛ぶわけがない。


ロックダウンが徐々に解除されはじめた5月末に

国内線がやっと飛び始める前は、

ムンバイ発の国際線に乗るために

人々は12時間以上かけて、タクシーで

ゴアからムンバイまで移動していた。


ゴアからデリーまでの陸路移動での見積もりをとってる友達もいた。

代理店を通してタクシーで10万円以上、3日かかるんだったかな。

結局その方法をとる前に国内便が飛んだからよかったものの、

コロナ以外の病気になってしまいそうだ。


とにかくゴアからデリーまで飛べるだけでありがたかったので

25時間のトランジットはやむを得ない。

ここで体力を消耗して、

ロックダウンにせっかく鍛えた免疫力を落としたくなかったので

普段ならまず泊まらない、

デリー空港すぐそばのホリデー・インに一泊することにする。

そもそもデリー空港近くに泊まる理由など今までなかった。


今回は、ゴアから東京まで、友人のカヨちゃんと道中を共にすることに。

一人でワラワラするより二人でワラワラした方が安心してワラワラできる。

かなり心強い。いやもとい、落ち着け、落ち着くのだ。


ゴア空港に着いたら、中に入る前に

大きいスーツケースくらいのタンクを引きずった人が待っていて、

ひとりずつ荷物を除菌スプレーする。

ビシャアーッってピンポイントの水圧でスプレーされて荷物はびしょびしょ。

しかも片側だけ。

とりあえずポーズだけして、「やったことにする」インドらしい。


しばらくしてカヨちゃんが、

「・・・あれ、水だったりして。」

と呟く。さすがにそれはないだろうと思ったけど否定できなかった。

いやいやこればかりは多分消毒液だと思うけど、

一瞬そう思っちゃうくらい、あまりにぞんざいな扱いだったのだ。


国内線ターミナルは、わかっちゃいたけどガラガラだった。

店もほとんど開いていない。

ウェブでチェックインも、健康証明書のプリントアウトもしてあったので

ぶっちゃけ空港では荷物を預けたらほとんどすることはない。


セキュリティでフェイスシールドとマスクが配られる。

噂のフェイスシールド、国内線では機内での着用が義務付けられていた。

簡易なフェイスシールドは、後ろはゴムが渡して両端を止めてあるだけで、かなりちゃっちい作り。


イヤリングを着けて、外してすぐにまた着けると痛くなるでしょ。

あんな感じで、いったん外してもう一度着けると頭がぼんやりじんじんしてくる。

たった2時間半のフライトでこうなんだから

デリーから東京の7時間半もこれじゃ耐えられない。

私は特に頭が大きい方ではない、と思ってたけど

皆さん大丈夫なんだろうか、

インド人は、太っていても頭の鉢が小さい人多い、気はするけど

にしたってこれ長時間はキツすぎじゃないか。

しかも、マスクとフェイスシールドのセットはかなり空気が薄くなった感がある。

このセットが感染対策としてある程度有効なら、空気が薄くなった感、は

必要なんだろうけど、なんかコロナじゃなくて具合悪くなりそうだ。


と思っていたらデリーから東京までの JAL便で配られたフェイスシールドは

機内の着用は「任意」だった。

ちなみに、ゴアからデリーまでの国内線は、少なくとも一席空けて乗っていた。

デリーからゴアまでの国際線はなんと、満席だった。239席。

予約する時に席数を聞いた時点では

何人乗せるかわからないとのことだったけど、乗ってみたら満席。

そして、国際線の機内でフェイスシールドをしていた人はほとんどいなかった。

よっぽどみんなキツかったのね。


ゴアでもデリーでも、空港のセキュリティは

「もうなんでもいいからなるべく早く通過してください」という態度がありありと見える。

特にデリーなんて、インド中から集まってくるハブ空港で

デリー自体も感染数がすごい。

まあそりゃそうだろうと思った。


思った。けど。


ゴア空港で、セキュリティを通ったカヨちゃんが、ライターを持っていた。

「あ、やばい、ライターを機内手荷物に入れっぱなしだった」と

セキュリティで気づいたカヨちゃんは、

その旨自己申告して、ライターをバッグから取り出して、

処理箱がなかったのでそのままX線のトレーに置いたら

「そのまま出てきた」んだそうだ。

ものすごく気をつけてパッキングした自分が、あほみたいだ。


そして、驚いたことに

デリー空港のセキュリティでも、全く同じだったのだ!

子犬とか子猫とか小鳥とか隠しておいてもそのまま通っちゃいそうだ。

もちろん絶対やらないしやっちゃダメだし考えてもないけど。でもほんとに

乗客に対応する側としては、

「いい、いいからさっさと行って、話しかけないでーーー!」

という感じなんだろうな。


デリーで泊まった、空港すぐそばのホリデーインは

デリーでのトランジット客用らしかった。

チェックインカウンターの「一部だけ」

クリアーボードで仕切られていた。

あんまり意味ないじゃんと思ってチェックインしたら

受付の若い女性が、上からものを言うようでやたら感じが悪かった。


かちんときたけど疲れていたので、クレームする元気もなくやり過ごして

部屋についたら、やっぱり奮発しただけあって、部屋は素晴らしかった。

でもなかなか荷物が部屋にやってこない。

受付に電話しても何も起こらない。しぶしぶまた受付に電話した。

チェックインで感じ悪かった女性がまた電話に出る。


「もうボーイに荷物を部屋に持っていくよう言いました!」


ふてくされている。まさかの逆ギレだ。


さすがにこれは私も一言言いたくなって


「あなたのところのスタッフへの文句を宿泊客に言われても困る。

それはあなたのところの事情だし、まずはすみませんじゃないのか。

マネージメントが酷すぎる!」


と言うことをはっきり、とても丁寧に言ったら

言葉に詰まったらしく、無言。無言!!黙るのー?なんか言ってよ!


呆れてそのまま電話を切る。


部屋のWi-Fiに接続する時に、ホテルのチェックインの際の評価があったので

迷わず最低評価をつけた。


そしたらしばらくして、ホテルのマネージャーから部屋に電話が入る。

「最低評価をつけられてましたが、どう言うことでしょうか。」


それから私はここぞとばかり、

うわーっと到着してからの文句をまくし立てた。

「そうですか、そうですか、それはおっしゃる通りです」

そのマネージャーは、辛抱強く私の文句を、丁寧に聞き続ける。

人は、穏やかに謝り続ける人には怒り続けていられないのだな。

どう考えても向こうが悪いんだけど、この人個人に嫌な思いをさせられたわけじゃないし、

なんとなく、話しているうちに、私も、「もういいや」と言う気になってくる。


そしたら、丁寧マネージャーが

「マダム、お詫びに、遅い時間のチェックアウトはいかがですか」

と言ってきたので思わず

「デリーでのトランジットが25時間もあるので、12時にチェックアウトしても

その時はまだ早すぎて空港には入れず、

カフェも開いてないのでロビーで4時間は待たなきゃいけないんです!」

と一息に言ったら、チェックアウトを4時まで延長してくれた。


「ルームサービスも25%オフで大丈夫です!」


今はホテルでもレストランでも、

ネットにクレームを書き込まれたら

あっという間に評価が下がってしまうので

向こうもカスタマーケアを大事にしてるのね。


インドもネパールも、こっちが文句を言うと

言われた方が、自分のスタッフとか業者が全然ダメで、とか

つまりこちらにすれば、「向こう側の事情」の文句を言われることが多い。

あまりに多いのでそのパターンにもうびっくりはしないが、それでも毎回疲れる。


今回もまたかと思ってたら、

めったに謝らないインド人像、とは真逆の物腰柔らかなマネージャーに

文句ばかり言ってたホリデーインの株がいきなり上がってしまった。


考えてみたら、チェックインの時間を数時間延長したり、

もともとアホみたいに高いルームサービスをちょっと割引したり、

ホテル側のコストとしては大したことないのだ。

それくらいで、最低評価をつけたお客が喜ぶんならなんてことはない。


インドのお金持ちのクレームっぷりは理不尽なことも多いので

多分私くらいのクレームは朝飯前に違いない。


やるな、スシャン。(マネージャーの名前)

接客業に携わるものとしてリスペクトである。


コロナのせいでどこも開いておらず、時間をつぶせる場所、というのがことごとく無くなり、

空港にも、フライトの3時間前まで入れない、という状況でこれは嬉しい。


そもそもスタッフ教育がなっとらん!とかカヨちゃんと憤ってたのに、

「やったー4時までいられる!」と一気にご機嫌。


デリー空港の国際ターミナルも、すごいガラガラぶりだった。

人のいなさは、近未来的でさえある。

そのゴーストタウンぶりが退廃的にも感じられて寂しい。


空港は、人が泣いたり笑ったり、いろんな感情が入り混じる

ドラマチックな舞台で、それが人間臭くて好きだったのにな。

人間臭さがない空港は、無機質な箱だ。


デリーから東京までは、おそらく30年ぶりに乗るJAL。

さすがの細やかな配慮にいちいち感心する。

インドのぶっきらぼうさに慣れすぎているので、

感動センサーがかなり敏感になっている。

久しぶりに接する、丁寧な日本語の接客。


最後ににっこりされたら

「ねえ、今また笑ってくれたね、すごいね!」と

いちいちカヨちゃんと感動を共有する。

なんて簡単なんだ。


だって、すぐお持ちします、ってほんとにすぐ持ってきてくれる。

いつもブーブー言ってる日本だけど、細やかな気配り、って点ではいやすごい。


239席、満席。インドの感染者は世界第3位。

インド各地からデリーにやってきた人たちが乗り込んだ飛行機。

私たちも緊張だけど、クルーもそりゃ緊張だろうよ。

もうなんのディスタンスもないので、マスクをして

なるべく顔を触らないように、そしてあとは、考えない。


一生に一度だといいなあ、の帰国物語(インド・ゴア→東京)_d0132132_23522339.jpeg

フェイスシールド着用。カヨちゃんも私も興奮状態で瞳孔が開き気味。


ずっと見たかった映画「ジョーカー」が機内でチョイスできたので

うっかり見たら、わかっちゃいたけど重すぎて泣きたくなった。

これを見てすぐ寝られないと「黒い司法」を見始めたら

わかっちゃいたけど死刑囚ものでこれも重い。

全部見るべきかやめとくべきか迷っているうちに寝てしまい

羽田空港に到着したのは7月31日、日本時間の朝7時前だった。


ここからが長かった。


続く。(帰れてるよ!)

一生に一度だといいなあ、の帰国物語(インド・ゴア→東京)_d0132132_17122901.jpg

明け方の東京上空。


# by shantiriot | 2020-08-06 16:33 | 日々のつぶやきもろもろ

インド全土でのロックダウンが始まってからちょうど4ヶ月がたった(3月22日)。

その当時は私がいるゴア州は感染確認はひとりだけ。

新規感染者を抑えられているとして一時期は、晴れて「グリーンゾーン」になったゴアも

州境をオープンして、人の行き来が許可されてから、どんどん感染者が急増している。

今では4027人(7月22日現在)


インドは何しろ広くて(日本の約8.7倍)約13億人もいるので、

なかなかひとつの対策ではまとまらず、

インド全体でも、ロックダウンが続いている州や地域もある。

でも国内線も少しずつスタートし始めて、人が動くようになった。

で、想定内だけど、感染者は急増している。

120万人に迫る勢い(1,192,914人)で、数だけでは世界第3位になってしまった。


ありがたくない。


6月にゴアのロックダウン解除が始まったものの、

やはり州境をオープンしてからは感染確認数は増え続け、

とうとうこの前の週末は三日間完全ロックダウン。

三日間という中途半端なロックダウンを

信用しない人も多く、このまま長期の完全ロックダウンが続くかもと言う噂が流れ

買い溜めに走る人も多かったけど、無理もない。


3月22日の全インドロックダウン、一日のはずだったのが

あれよあれよと言うまに延長し続けて3ヶ月近く続いたのだ。

三日間と言われても信じられないのももっともだ。


とはいえロックダウンは三日で終わり(ほんとに?)

今のところ、夜8時から朝6時までの外出禁止が8月10日まで続くことになっている。


臨時便はちょくちょく飛んでいるが、インドから東にはほとんど飛んでいない。

商業国際便が再開するのを待って帰るつもりだったけど

インドの感染確認者急増の様子を見ると

なかなか全てオープンとはいかないみたい。

日本がほぼ鎖国状態なこともある。

今日また17か国増えて、147 か国からの入国を実質的に拒否している。


たとえインドからの商業ベースの国際便がスタートしても

必ずしもお手軽に日本に帰れるとは限らない。

日本に帰れないのに

インドを出国しなければいけない状態は避けたい。

どこの国に行って、その時どのように扱われるのか見えない。


ゴアにいる欧米の友達は、臨時便の本数が多いのでまだ帰るオプションがある。

通常の国際便の再開を待っていた人も

しびれを切らして帰る話をし始めている。


急遽、帰ることにした。

デリーから羽田の臨時便。

ゴアからの直行便はもちろんないので、

ゴアからデリーまで飛ぶことに。待ち時間25時間。

国内線の本数が少ないのでやむを得ない。


デリー空港の近くにホテルをとってから

「もしかしたらトランジットの時にデリー空港から出られないかも」問題が発覚。

結局大使館に電話したら

「一応そういうことになってるんですけど、今まで臨時便に乗るために

空港近くに泊まった人に問題はなかったから大丈夫」


ほっ。


インドはほんとに、建前と実情が違うことばかりなんだけど、

こういう時ばかりは、領事館か大使館のお墨付きがほしい。


インド最大の航空会社エアインディアは

コロナ禍の対応でかなり不満噴出の声を聞く。

臨時便も、いきなりキャンセルとか日にち大幅変更とか、

それに問い合わせても電話に出ないのが普通。


しびれを切らした友達が、遠出してゴアのエアインディアオフィスに突撃。

そしたらなんと、オフィスで対応していた

エアインディアのスタッフ、

友達が訴えている途中で


「目をつむってしまった」


のだそうだ。

結局「フライトはないですよ、以上」ということだったのだけど

聞こえないふりを強調するため、まさかの「寝たふり」。


怒るを通りこしてびっくりした、と呆れていた。


JALに臨時便の予約をする時の対応がプロフェッショナルで感動する。

とはいえ、この感動アンテナは、インドに長くいるとかなり甘くなっていると思う。


「2分待って」と言われて本当に2分だけ待ってすむことはないので、

JALに電話した時に、

「少々お待ちください」と言われて、それがほんとに「少々」だった!

ということくらいで、おおおっ!とポイントがアップしてしまう。

なんて緩いんだ私の「プロフェッショナル基準」。


東京はこの週末の連休は、不急不要の外出を控えるのだそうで。

でも今日からGo to トラベルキャンペーン、急遽東京抜きにして

始まるんだそうで。

そもそも英語が間違ってるんだけど、(Go traveling と言う)

周りは誰もおかしいと言わなかったのか。

インド政府が迷走していないとは絶対言えないけど、日本もなかなかだ。


私の仕事は、

「みんな集まって!」と呼びかけないと成り立たないので

今年の日本シーズンの予定、立てられていない。

帰国して空港で検査、そして2週間の自主隔離なので

どちらにしろしばらく動けないけど

その後もこの感じだとまだ見えない。

先が見えないのは私だけじゃなくて世界共通だけど、

とにかく、いったん帰ることにします。


日本のみんなに元気で会えますように。

毎回帰国前はそう言ってるけど、今年はなんて切実なのかしら。


ついに帰国することにした(ゴアから東京へ)_d0132132_03400206.jpg

ゴアはモンスーン本格化。

ポタポタきた次の瞬間にどしゃ降りも珍しくない。

たまの晴れ間に外に出ると、モンスーンが激しくなるのに比例して

緑が濃く、鮮やかになっている。緑のカーペットがどんどん厚みを帯びてくる。


ついに帰国することにした(ゴアから東京へ)_d0132132_03411946.jpg

雨続きだけど、こんな夕焼けを見せられると、後ろ髪を引かれる。


# by shantiriot | 2020-07-23 03:42

アメリカ全土で黒人差別に抗議がひろがっていて

私も気持ちがわさわさしている。

どうしてもこのままスルーできないので書いてみた。


黒人男性が警官に膝で首を押さえつけられ、

亡くなった事件をきっかけに

とにかくすごい人が街に出て、BlackLivesMatter を叫んでいる。

詳細はもう私がいまさら説明するまでもないので省く。


「自分は当事者じゃないので発言しにくい」

という発言に違和感を感じる。


「政治をよくわかってない芸能人が政治的な発言をするな」

みたいな圧力と似たものを感じる。


間違えるのが怖くて発言できないというよりは

攻撃、または冷たい反応が怖くて発言できない

圧力にひたひた覆われている気がする。


ブラックのコミュニティに住んでいなくても、

ブラックの友達がいなくても、

この問題に共感を持つことはできる。


変えられない肌の色や出生をベースにして、

誰かが誰かに対して絶対的優越な立場に立つことは許されない、


という共通認識はもてる。

その共通認識は普遍的なものでなければいけない。

そうじゃなければ人権について語る意味がない。


もう、ここはあまりに普遍的すぎて、

いや、そんなん別にいいんじゃないのと思う人は

もうここから読まなくていいですというくらい、

言語道断譲れない。

息をするのに許可を求めなくてもいいくらい、

あたりまえでなければいけない。


でも、抗議している人もされている人も

それぞれ自分の言い分が

言語道断譲れないと思ってるわけで

どんなに歴史をさかのぼってみても

どんなに理論武装しようとも

相容れない。


もちろん、それが問題をずっと複雑にしていて今に至るんだけど。


私も、アジア人もしくは日本人故の差別にあったことがある。

アメリカでもイギリスでもインドでもネパールでも。

そこの国の人とは限らず、その国にいる外国人に差別的発言をされたことはある。

でも、アジア人であるからといって、命の危険を感じたことはないし

日常的に不当な扱いを避けるために、

他の人種より余計に身だしなみに気をつけなければいけないこともない。

社会構造的差別としては、黒人差別は余計根深い。


最近のネパールでは、日本人観光客が減り、中国人と韓国人が増えたので

私もまずはコンニチハよりも、

ニイハオか、アンニョンハセオと声をかけられることのほうが多い。


そこで、なんだよと思った自分にはっとした。

その、「なんだよ」に向き合わなきゃなんだなあ。


⚪️⚪️人は⚪️⚪️だ」というステレオタイプでばっさり切ることはある。

いろんな国の人と接すると、あくまでも自分の偏った統計内での

「お国柄」のようなものが見えてくる。

そしてやっぱりいるのだ、ステレオタイプそのままの人って。

あなたみたいな人がいるから、⚪️⚪️人は⚪️⚪️だって言われるんだなあ

という、ステレオタイプの見本みたいな人にあうと感動すらする。

同じく、「お国柄」のステレオタイプからかけはなれた人にもたくさん会うので

ステレオタイプがジョークとして成り立つんだなと思う。


昔、私はアメリカ人の元夫と東京に住んでいた。彼は白人だった。

90年代後半、日本で外国人が住めるアパートを見つけるのは

東京で、そこそこ都心から近くてもけっこう大変だった。

何件も、露骨に外国人だからと断られた。

物件情報は地元の不動産で共有されているので、

少ない中から見せられる物件は、

どこの不動産でも同じものだったりした。

「ピアノ・ペット・外国人OK」の物件は限られていた。


なんだこの三つの条件の並列具合は!と

いい気持ちはしなかったけど

不動産を回る以外に家探しのオプションがなかったので

嫌な気分になるのを覚悟で歩き回った。


ひとつの不動産オフィスで

外から物件情報をみている私に

そこのスタッフのおばさまが出てきて話しかけた。

もうこの仕事しかしたことありません、みたいな

フツーの東京のローカルなおばさまだった。


ここに来る前にひとりで見に行った物件で

同居するパートナーが外国人だということを

部屋を見た後で不動産の人に言ったら、表情がかわって

「早くおっしゃっていただければ時間を無駄にしないですんだのに」

と言われたことがあった。


それが、そこそこ嫌な感じだったので、

この時もひとりだった私は、

今回は、できるだけ丁寧に、礼儀正しく

「外国人も入居できる物件を探しています」

とおばさまに言った。


おばさまは、ちょっと声をひそめて私に囁いた。


「色は?」


何を聞かれているかわからなかった。

まさか、まさか肌の色じゃないよな。


「え???」

と聞き返した私に、おばさまはもっと声を細めて言った。


「…クロ、ですか?」


もう、動揺して何を言っていいかわからない。

でも、ここで動揺したらまた家探しが長引いてしまう。


やっとのことで


「…いえ、白人ですが。」


と言った時、屈辱的だった。


「いえ、(黒人ではなくて)白人ですが(大丈夫ですよね)。」

と言っていたからだ。


そしたらおばさまはパッと明るい顔になり言った。

「じゃあお力になれると思いますよ!中へどうぞ」


結局そこの紹介でアパートを借りることになり、手続きを終え

私を見送る時におばさまは言った。


「この世の中、人種差別する人もいますからね。」


同居するのが外国人であるばかりに、

家探しに苦労していた私をねぎらうつもりで言ったのだ。

悪意は全くなかった。


何も言えなかった自分が歯がゆくて、モヤモヤしたまま帰ってきた。


その前も、その後も

悪意のない差別は特に珍しくなかった。

その悪意のない差別がどこからきているのか、

考えると、そこには歴史がある。


悪気がないゆえの罪深さ、がある。

内在する偏見も差別もなくなることはない。


でも、そういう矛盾と向き合いつつ、

誰かの幸せが、

誰かの理不尽な不幸の上に成立している社会に立ち向かうことも

大事だと思う。


どんなに綺麗事と言われても

そこが大事だと主張することは

誰でもできると思う。


日本にだって人種差別はあって、

在日韓国人や中国人をはじめとして、他のアジアの人々

入国管理局での難民申請中の外国人への非人道的な扱い、

他人事ではない。同じ現象ではないけれど

自分では変えられない属性によって差別されるという根本は同じ。


まちがいなく複雑な問題で

「難しい問題ですね」のあとが続かなくなるのも無理はない。

でも、向き合うことをやめたくないと思う。


そして、世界中に、声をあげたくてもあげられない

抑圧されているマイノリティの人たちがたくさんいるのだということも。

その人たちにとってみれば、抗議の声をあげられる、ということも

特権なのだ。


思い切り自戒もこめて。


そして、政治的発言もするジュエリー屋でいいのだと思う。

どうしてもこのままスルーできないので。 #BlackLivesMatter_d0132132_00382646.jpg



※いろいろ切り口がありすぎて盛り込みきれない。

たぶん言葉足りないところもあるので、よかったらこちらを参考に。


⚪️いつも絶妙の例えがキレッキレのせやろがいおじさんの動画

我々も差別問題の当事者!黒人差別の抗議活動について【せやろがいおじさん】
#BlackLivesMatter



⚪️制度的人種差別について(4分)



# by shantiriot | 2020-06-09 00:48 | 日々のつぶやきもろもろ

インド南部のゴア州にいます。

インドのロックダウン4.0が五月末で終了。


思えば始まりは3月22日の「1日ロックダウン」。


「今日1日だけ、インド全土でロックダウンします!

これは、どれだけ国民がコロナウイルス撲滅に協力できるのかのテストです!

パニックして買い込まなくても大丈夫だから!」


そう宣言されていきなり始まった、世界最大の13億人ロックダウン。

1日で終わるわけもなく、その日の夕方に延長が発表される。

いつのまにかナンバリングされて、

ロックダウン4.0まで10週間続いた。

ナンバーがつくとみんながんばれるって思うのかな。

インド政府、よくも悪くも調子にのりやすいインド人をわかってるなと思う。


カタカナでなんとなく「やってる感」を出すどこかの知事みたいだなと思う。

東京アラートもロードマップも、東京の母はちんぷんかんぷんだよ。


もとい。


ロックダウンがスタートしてからも

インド全体のコロナウィルス感染者はどんどん増えていって、

6月6日現在、インドのコロナウィルス感染確認者は、

230014 名(内死亡者数6642名)

23万人を超えた。数字を見ると確かにすごいけど、

何度も言うけどインドは大きくて(日本の約8倍)

13億人もいるので

インドひとまとめにして語れない。


6月頭からはインド全土ロックダウン5.0 かと思いきや、

インド政府の発表によると、

デリーやムンバイなど、都市部を中心とした感染集中地域を除いて

3段階に分けてロックダウンを解除していくことになる。

ゴアは、感染を抑えられている地域として、

ロックダウン解除の対象になる。


とりあえず具体的にわかっているのは、

第一段階で、6月8日にレストラン・宗教施設・ショッピングモールとホテルが再開すること。

学校スタートは第二段階で、7月中らしい。

第三段階になってやっと国際線が動き出して、映画館もオープンする予定。

とはいえ、第三段階の日程は未定。


5月末に1日8000人もの感染者が確認されたインドは、

感染者の増加スピードは加速するばかりで

まだ収束とは呼べる状態ではないのだけど

なにせ人口13億人の国。

これだけの規模の経済がストップしてしまうのはさすがにまずい(とっくにまずいよ)

と判断して、リスクを承知で経済再開する方向にいったとしか思えない。

特に都市部は、ロックダウンが始まってから、仕事も家も失った貧困層が

何百キロも離れた故郷まで、水も食べ物もないまま歩き続けて

途中で力尽きてしまうニュースがあとをたたない。


単純に考えれば、この感染者増加スピードのまま

ロックダウンを局地的であれ解除すれば、

どこかの時点で感染者は増えないわけがない。

段階的にロックダウンを解除されると言ったものの、

どういう日程で段階をふむか、言及できないのも無理はない。


というわけで、

インドはまだ、国際線はスタートしていない。

臨時便はちょくちょくインドから日本まで飛んでいる。

どうしても日本に帰りたい人は、

超高価な片道切符で飛んでいる。


ゴアからは日本まで飛んでいないけど

5月後半に、インドの国内線が本数を減らして飛び始めたので、

前よりも日本までのフライトが現実味を帯びている。


私にとっては、ゴアで迎える初めてのモンスーンになりそう。

東京にいるよりは、ゴアのほうが安全。

ロックダウン、田舎にいるか都市部にいるかで状況は大違いなのね。

ゴアは観光地とはいっても、シーズン(日本の冬)が終わってしまえば

田舎の漁村みたいなもん。そのうえ今はインド人観光客もいないので、

閑散としたジャングルと畑と海。


つい昨日まで、サイクロンが来ていた。

その前まで、みんな半裸でウロウロしている蒸し暑さだったけど

一気に気温が下がった。

日本にくると、サイクロンじゃなくて台風と呼ばれる。アメリカだとハリケーン。

なんと、この名前の違いは、場所によるものなんだって。

今更だけどありがとうグーグル先生。

おかげさまで、こちらは「やばい突然の大雨」が長時間降ったけど

家の中にいれば安全なレベルで過ぎてくれた。


つかの間の晴れ間のあと、もうモンスーンスタートまで秒読み。

交通量が減ったので、ほこりも減って、

全ての植物の緑が濃くなっている気がする。

最近、家の隣の木にほたるがたくさんくるようになった。

まるでほたるの成る木だ。


モンスーンの時期にゴアにいる人は

口を揃えて「モンスーンが素晴らしい」というので

一回その時期にゴアにいたいなあと思っていたけど

こんなかたちで実現するとはね。


雨が降り始めたら、こもってできるプロジェクトは山ほどある。

おかげさまで雨にも負けない快適な家もある。

日本はまだ噂のマスクを配り終えてないんだってね。

規制をとおりこして支配されちゃってるメディアとか、

国民のためによかれと始まったはずのコロナウィルスの対策も

ふたをあければ、どうやらおかしな所にお金が流れてる。

もう、言い出せばキリがないもんね。安っぽい映画みたいな展開で、

ちょっと可笑しくなってくる。

とはいえ自分の国なんで笑ってはいられないんだけど。

インドロックダウン4.0終了。_d0132132_23124991.jpg

雨があがったので、久々に海のそばにサンセットを見に行った。

とにかく広いところに濡れずにいられるのがうれしくて、

台風一過!と日本の友達に写真を送ったら

しっかり帰りに大粒の雨に振られて帰宅。

インドロックダウン4.0終了。_d0132132_23123417.jpg

見返したら、全然「台風一過」の写真ではなかった。

明らかに海の向こうに暗雲たちこめている。

モンスーンはすぐそこだ。


# by shantiriot | 2020-06-06 23:19 | 日々のつぶやきもろもろ

RIO :天然石とシルバーの一点もの中心のジュエリーブランドShanti Riotのデザイナー。インドネパールを中心に旅しつつ制作しつつ、まったりとエキサイティングな日々を送っています。Home is where your heart is.


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