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帰国物語② アースガーデン夏6月30日7月1日

昨日も言いましたが、ネパールの首都、カトマンズから東京に戻ってきてます。

もう一度いいますが、今週末の6月30日と7月1日の代々木公園アースガーデン

今年も、Shanti Riot 日本のシーズン幕開けです。


2018年6月30日(土)〜7月1日(日)※雨天決行

アースガーデン夏

30日(土)10:00〜20:00(※私の出店は17:00まで)

1日(日)10:00〜17:00

東京都渋谷区 代々木公園 イベント広場・ケヤキ並木


今年は無駄に疲れるカトマンズから東京への帰路だったので、前回のブログでその話をしました。


簡単にいうと、カトマンズから中国の昆明までは乗れたけど、そこからの乗り継ぎ便に乗れず、

チケットも変更できず、空港で買い直すとバカ高いので、オンラインで買おうとしたものの、

中国のネット環境の制限のため、右往左往、りおピンチ!というところまで書きました。


帰国物語① アースガーデン夏6月30日7月1


中国では、グーグルも、ヤフーメールも使えないということが判明。

オンラインでチケットを買おうにも、とりつくしまがない。

涙目で訴える私を、さすがにかわいそうに思った空港スタッフの若い男子が、

ちょっと待ってくださいといって小走りで去り、すぐに、

やっぱりミレニアル世代の女の子の空港スタッフを連れてきた。

彼女は明らかに英語がうまい。


「私がお手伝いします!」何してくれるかわからないけど天使に見えた。


そして、


自分のスマホを取り出し、

中国の航空券予約サイトのアプリを使い、


彼女個人の中国のメールアドレスと、

彼女個人の中国の携帯電話番号と、

彼女個人の中国の住所を使って、


私の日本のクレジットカードで、もちろん私の名前で、昆明から羽田までのチケット予約を試みてくれたのだ。


もういろいろどうでもよくなってた私は、もうバンコク経由(かなりの遠回り)でもいいよ!

くらいにすぐ予約しちゃいそうだったんだけど、


このかわいいかわいいミレニアル女子(3割増しくらいで超かわいく見えている)は、


「待って待ってこっちのほうが安い!」


といろいろ調べてくれて、格闘すること30分あまり。

中国語なので全部おまかせするしかない。

しかも私の日本のクレジットカードが使えず、ああもうだめかと思った矢先、

3回目のトライでクレジットカードでの支払いに成功!


なんでそれまで支払いができなかったのか、ここはいまだに謎なんだけど、

もうそんなのどうでもいいよね、

支払い完了のときは、

やったー!と二人で小躍りして小ジャンプ。

ああ、知らない人と共有するこの達成感。


ごめんね私、もう少しで中国を嫌いになりそうになっていた。

人口13億人以上いる国を、たかだか半日の数人との関わりで嫌いになるなんてもってのほか

と自分をなだめていたけど、もう少しで、おまえなんか嫌いだ中国、

になりそうだったよ、あなたがいてくれてよかったよ

中国のミレニアル世代はほぼほぼ一人っ子だから、全員が甘やかされている!

とか一刀両断していた私を許して。まあ実際そういうところはあるけどさ、いやもとい、

一人っ子への偏見も、中国への偏見も、全部返還する!


くらい感激した私。


「ああよかった、こんなことしたの私も初めてです!よかったですね!!

もう、もう行かなきゃ11時から仕事が!グッドラック!」


何、勤務時間外だったの??

ああ、あなたのお母さんは素晴らしい娘さんをお持ちですね、

とか母の目になっちゃったよ。


そして彼女の中国メールアドレスにきたEチケットを写真に撮り、

それを使って私は昆明→香港経由で羽田まで帰れることになったのだった。

420ドルくらい。痛いけど、1000ドル(以上!)よりいいよね。


やれやれ一安心。


昆明空港にトータル15時間くらいいて、飽きてきたころ、

やっとのことで、放心状態で昆明→香港のフライトのチェックインカウンターへ。


ここで落とし穴が。


もともと持っていたチケットの中国東方航空は、46kgまでチェックイン可能だったんだけど

新しく買い直したキャセードラゴン航空は、30kgまでしかチェックインできなかったのだ。

幸い、33キロくらいしか持っていなかったので、事情を話して、なんとか機内持ち込みに詰め込んで許してもらった。


ほっとしてセキュリティに向かおうとしたら、チェックインカウンターの男の子が、

とてもすまなそうに私を呼び止めた。

「あのー念のため言っておくんですが、香港からは香港エアーといって違う航空会社なんです。

チェックインの荷物は、チケットに含まれていません。

すごい高くなっちゃうかも」


ここで、放心状態だった私は、さすがに彼を二度見してしまう。


「え?」


二度見された彼は、全く悪くないんだけど、まるで自分が怒られているような顔をしていた。

買い直したこのチケットの予約は、空港スタッフのミレミアル女子が、中国語で全部やってくれて、

疲れ切っていた私は、いちいち詳細を確認してなかったのだけど、

要するに、同じチケットで、途中までは30kgまでチエックインできて、

途中から、手荷物のみ、になってるのだ。

安い訳だ。どーしろっていうのだ途中まで持ってった30kg。香港で誰かにあげる訳?


「もういいや、払えば預けられるんでしょ?」

「ええ、払えば。香港で再びチェックインが必要です」

「じゃあ払う、払えば持っていけるのね」


と、半分やけになって、再び放心状態に戻ってよろよろとセキュリティに向かう私。

ここでショールとスカーフを忘れてくる。もうあとの祭り。


そして、昆明から香港まで乗ったあと、再び香港でのチェックイン。

がんばってつめかえても、チェックイン荷物は25kg。

事情を説明して、チェックインの荷物代は払うけど、大目に見てね、とお願いする。


「いや、フライトをミスったのは私のミスなんだけど

うちの父親が死にかけてて(本当)

明後日は彼のたぶん最後の誕生日で(本当)、

私はなんとでもそれまでに帰りたい(切実)けどもうすでにすごいお金使ってて、

どうにかして助けてくれないか(切実)」


再び余計な説明をして、父の話なんか関係ないよなこの場合、

とフライングしてしまった自分が恥ずかしくなる。


そしたらチェックインカウンターのこれまたミレニアル女子、

ちらりと私の機内持ち込み荷物のバックパックに目をやる。

すでに明らかにサイズオーバー。


「じゃ、もう少しがんばってこっちに移せば20kgの料金でいいですよ」


ほんとに?この機内持ち込み、すでに超でっかいんですけど。

それからもう、巻きつけられる布は、私にもバッグにも全て巻きつけ、

どうにかして21kg。結局、20kg料金の51ドルですんだ。

チェックインのミレニアル女子、私の巨大な機内持ち込みからは目をそらし、

笑顔でボーディングパスを手渡してくれた。


さすがに、こんなにでかい機内持ち込みで飛んだことはなかった。重かった。


次の日朝の4時半に羽田着。当初の予定の12時間後。

実家で出迎えてくれた母、8ヶ月ぶりの再会に、開口一番

「あんた、どこの浮浪児かと思った!」

40過ぎて浮浪児もないよ、おかえりとかないの、と思って鏡を見たら、雑巾みたいな自分がいた。


そしてほっとする間もなく、父の入院している病院にほぼ直行。

もう2ヶ月入院していて、その日の朝、転院することに決まっていた。

病室に行ったら、ほとんど動けなくなってしまった父が、

小さい目を精一杯開けて、私の名前を呼んだ。


「おかえり」


父、帰ってきたよ、長かったの今回。

とてもとても会いたかったけど、いやー余計にうれしいよ。


勝手にひとりで、母を訪ねて三千里、のマルコと化す私。

いや、たったの12時間遅れただけですけどね。疲労がピークに達してからが、長かった。


という訳で、帰ってきてます。

今年は父病気のため、ちょっと違う夏になりそうです。

健康は宝。


今週末はアースガーデン出店。会いにきてください。

元気な皆さんにお会いできますように。


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ラピスラズリの原石と蓮のリング。ラブラドライトがアクセント。




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# by shantiriot | 2018-06-26 15:53

帰国物語① アースガーデン夏6月30日7月1日

ネパールの首都、カトマンズから東京に戻ってきてます。

今週末の6月30日と7月1日の代々木公園アースガーデン

今年も、Shanti Riot 日本のシーズン幕開けです。雨降らないみたい。ほ。


2018年6月30日(土)〜7月1日(日)※雨天決行

30日(土)10:00〜20:00、1日(日)10:00〜17:00

東京都渋谷区 代々木公園 イベント広場・ケヤキ並木


カトマンズから東京には、毎年戻ってきてるんだけど

今回は、不必要に長くて不必要にめんどくさい道のりだった。


いや、誰のせいにもできないんですけどね。

なんと、人生で初めて、フライトをミスるというミスを犯してしまった。


カトマンズ→昆明(中国・雲南地方の入り口ね)→上海→羽田


という、もとから乗り換えがめんどくさい、

でも往復で約500ドル(!)という超格安チケットでスタートしたんだけど。


カトマンズから昆明まではすんなり行ったの。行ったのだけど

昆明から上海行きに乗れなかったのだ。


カトマンズから昆明空港に夜遅く着いて、朝早く出発するフライトだったので、

空港内で寝ちゃえばいいやと思ってたんだけど、期待していたスペースが閉鎖になっていた。


ああホテルとっておけばよかったでも今からだと行って一時間寝て戻ってくることになっちゃうし、

と、結局空港でウトウトして起きたら、出発一時間前だったのであわてて

チェックインカウンターに向かう。


そしたらなんと、


「申し訳ありませんがもう搭乗は締め切りました。5分遅かったね」


「?!!!???」


国内線なのに、なんと、出発時間の45分前に搭乗を締め切ってしまったのだ。


恐るべし、中国東方航空。


「いや、でもまだ飛行機はそこに!!」


「申し訳ありませんがもう搭乗は締め切りました。5分遅かったね。あっちでチケット変更して」


すでにロボット化している、チェックインカウンターの中国人の女性の顔は、鉄仮面のようだった。


「あ、これはゴネても絶対ダメなパターンだな」

と瞬時に判断した私は、これはさっさと次の策を練ったほうがいいと、

チケット変更のカウンターに走る。


そしたら、チケット変更カウンターの女性、私のチケットを調べて一言


「TICKET NO CHANGE」

「?!!!???」


「あなたのチケットは特別だから、変更不可。買ったところに電話しなさい」


「いや、ネットで買ったから電話番号わからないのと、調べるにも

私は中国の携帯電話番号を持っていないから、そもそも空港のWiFiが使えないし!」

(空港のWiFiを使うには、中国の携帯電話番号での認証が必要)


どうにかならないのか、

いやどうにもならないし、


と押し問答が続き、カウンターの女性はため息をついて

コンピューターで何やらカタカタやりだして、何か前進か?と思いきや


「アナータノーーチケットハーーヘンコーウ スルコートーガーー」


おかしなイントネーションで一瞬わからなかったのだけど、彼女は日本語を発音しようとしていた。


自動翻訳で日本語にして返事をしようとしている!!


言語の壁がある故に起きている問題ではない!

だいたい変更できないってことはもう何回も言われてるわけで。


“ English NO PROBLEM!”


と私に言い切られて困惑した彼女は、

「とにかくチケット買いなおさないと無理だから、ハイあっちのカウンターにね」と

困惑した、それでも鉄仮面の顏で空港の奥を指差す。


しょうがないので、そのカウンターに行って、

今日帰りたいんだけど、昆明から東京まではいくらかかるのかと聞いてみた。

中国の通貨の元で言われてもピンとこないので、米ドルだといくらなの?と聞いたら。

「1000ドル以上」

と言われて、さすがにもう膝から崩れてしまいたくなった。

繰り返すが、カトマンズから東京の往復で500ドルちょっとのチケットなのである。


フライトをミスったことは初めてだったけど、

いろいろ、「これはさすがにやばい」というシチュエーションは今までにもあった。

あるでしょみんなも、旅人じゃなくても、人生いろいろよね。


そういう時は、一瞬しゃがんで大泣きしたくなるんだけど、

人は強いもんで、「ここでしゃがんで大泣きしても、誰もどうにもしてくれないし、物事は1ミリも前進しない」

という事に、けっこうさっさと気づく。そして割とシャンとするのだ。


私も1000ドル以上と言われた2秒後には、インフォメーションカウンターに行って

事情を話してスマホをWiFi接続してもらうことに成功。


さあこれであとはさっさとオンラインでチケット予約すればオッケーよ!

のはずが、


中国のインターネットを甘くみていた。


単にWiFiが遅いだけだと思って、格闘すること1時間。

メールも見られず、検索もできず、やっと予約サイトにアクセスできたと思ったら、

日本のクレジットカードも使えず、日本のオフィスに電話しても(スカイプは使えた)

私のクレジットカードには問題がないとのこと。


そんでまたインフォメーションカウンターに戻ってgmailが使いたいんだけどと訴えたら、

ミレニアル世代の若い男の子が、「ああわかった」と私のスマホを手にとってなんかはじめる。

あ、この世代はこういうのわかる世代だ!頼むよ!と思わず身を乗り出す私。

もうひとりミレニアル男子がやってきてふたりでずいぶんごちゃごちゃやってるんだけど

しまいに、残念そうに、自動翻訳を使って見せた画面には英語でこう書いてあった


「中国では、ウェブサイトによっては禁止されているものがあります」


フェイスブックが使えないのは知ってたんだけど、

グーグルもヤフーメールもだめなんて。

日本のクレジットカードが使えないのもこのためだったのかしら。(そこは謎のまま)


でも、ここで引き下がっても、ここは昆明で、私は東京に帰らねばいけなくて、でも1000ドル(以上!)は払いたくない。


しょうがないので心情に訴え始める私。


「いや、フライトをミスったのは私のミスなんだけど

うちの父親が死にかけてて(本当)

明後日は彼のたぶん最後の誕生日で(本当)、私はなんとしてもそれまでに帰りたい(切実)

どうにかして助けてくれないか(超切実)」


たぶんここでうっすら涙目になっていたんだろうなあ。

私のスマホをいじっていたインフォメーションカウンターのミレニアム男子が

本当に「かわいそうだなあ」という顔をして、ちょっと待ってくださいと言い残して去っていった。


ちなみに、父親入院のため今年は10日ほど早く帰国。制作が10日間短くなるのはかなり大きくて、

カトマンズを出る時点で、私は父のことで翻弄された感情と疲労と睡眠不足ですでにボロボロになっていた。


涙目にもなるわそりゃ。


思い出したら興奮して長くなりすぎてしまったので次に続く。

あ、今週末は代々木公園で出店ですよ。

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モルダバイトに、葉っぱがカービングされています。てんとう虫つき。
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# by shantiriot | 2018-06-25 10:39 | Shanti Riotジュエリー関連

マレーシアに罪はない

南インドのゴア生活も半ばを過ぎ、

だんだん暑い時期がジリジリ近づいてくるのを感じるここ数日。

ゴア生活を一瞬抜け出して、この前さくっとマレーシアに行ってきました。


ビザの関係で、一旦インドを出ないといけなかったので、

やむを得ずのインド脱出。どうせマレーシアに行くのなら、

前回行ったペナン島の国立公園が素晴らしいから

あそこでボーッとして3日で帰ってこようっと。


と、今までになく超軽い荷物に不安さえ覚えながら、

身軽にゴアを後にしたのだけど、


まずは、クアラルンプールに到着すると同時に

持病の膀胱炎が勃発。もう何度もやってる膀胱炎。

抗生物質以外でどうにかする方法はいろいろ試し済みでわかってるんだけど、

出発前は全く健康だったので、

ほとんど膀胱炎グッズを持って出ておらず、

結局涙目でトイレから出られず。


これに追い打ちをかけるのが、実はこの週末は、

中国の旧正月の週末にどんぴしゃり。


チケットを買ってからそのことに気づき、

まあ店は開いていないけど、国立公園でジャングルと戯れてるからいいか、

と思ってたんだけど、甘かった。甘かったよ!


まず、旧正月渋滞を甘くみていた。

日本のお盆の帰省ラッシュと全く同じ。

クアラルンプールからペナンまでは、バスで4時間から6時間かかるのだけど

旧正月の週末の土曜、行きは約8時間かかる。

膀胱炎になった時はとにかく水分補給がかかせないんだけど、

やたらデラックスだがトイレがないバス故、あまり水も飲めず。


滞在したジョージタウンは世界遺産になっている街で、

イギリス植民地時代のコロニアル様式の建築と

中華系がミックスされて、街歩きが楽しい場所

初日は街歩きも何もなかったんだけど

宿を探すのにやっぱりある程度迷い、

不可抗力の街歩き。

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痛み止めと、一袋だけ持っていたクランベリー濃縮パウダーと、プロポリスでなんとかしのいで、

次の日回復していたら国立公園に行くつもりでいた。

しかし、膀胱炎はそんなにさっさとは治らないのだ。

今までの経験からわかっていたのに、メインイベントをあきらめるのが悔しいので

次の朝、なんとか出かけてみる。

朝ごはんのヌードルを食べながら

一時間のバスの旅を想像して憂鬱になる。

それが憂鬱ならバスの旅のあと、国立公園を3時間のウォーキングなんて、

もう暗雲立ち込める一番暑い時間帯でふらつく自分

しか考えられないので、あほらしくて帰ってくる。

そこまでして観光する意味はない。


気を取り直して、旧正月でも開いてるショッピングセンターは

ドラッグストアがあるということなので

まずはそっちに歩いていってみる。


甘かった。

ドラッグストアが開いてても、薬局部分は閉まってる!

つまり、サプリは買えても薬が買えないのだ。


唯一見つかったのが輸入物のクランベリージュース。

クランベリーは膀胱炎予防に効果があるのは知っていたので

もうすがるように、高くて立派すぎる瓶にはいってるそれを買って

即、指定量の3倍くらい飲む。


すると、10分後になんと!痛みが和らいでいた。

「クランベリーが効くのは膀胱炎の予防であって治療には効果があるという十分なエビデンスがない」

というのをあとでネットで読んだんだけど


はい、私エビデンス!クランベリー愛してる!


しかし、次の日の日曜日、月曜のペナン島からクアラルンプール行きのバスを予約しようとしたら

どの旅行会社でも、満席とのこと。

クアラルンプールからゴアに飛ぶのは月曜夜9時。どうしても次の日ペナンに帰らなきゃ。

しょうがないのでまた小一時間バスに乗り、ペナンのメインのバスターミナルに直接交渉しに行く。

最後のバスだと言われて、割高だけど買う。所用時間は4時間、のはずだったのだが。


月曜の午後、1時間半遅れで出発したバスで、

うとうとから目覚めて窓から外を見ると


「あたし走ったってもうちょっと速いんじゃないか」


という調子なのが延々と続く。帰省ラッシュピーク時って月曜日なのね。

こればかりはバスから降りてタクシーって訳にもいかない超渋滞なので、

もうどうしようもない。どうしようもなさすぎると人はけっこう落ち着くのだ。

2時にはクアラルンプール到着予定で、

先月日本からクアラルンプールに引っ越した友達と落ち合うはずが、

もちろんそこはあきらめるしかない。

せっかくバスターミナルまで来てくれたのに。ほんとにごめんね。


しかし、フライトだ。

恐る恐るバスドライバーに何時にクアラルンプール到着か聞いてみると

「フライト9時?残念だが遅すぎるね、昨日も同じ状況でフライトを逃した人が何人かいたよ」

KLセントラルステーションに着いたのは7時を回っていた。

バスのドライバーには、空港までタクシーで行けと言われたものの、

同じバスのシンガポール人のカップルに、電車のほうが絶対はやい!

言われて、電車に賭けてみる。

成田エクスプレスと同じくらいする

立派なエアポート・エクスプレスが15分に一本で、

次の電車は3分後!というのでダッシュしてなんとか乗る。

国際便出発の1時間20分前にクアラルンプール空港駅に到着。


バスは5時間も遅れて到着したのでした。


搭乗口でやっと腰をおろしたら

じわじわと安堵感と達成感がわいてきて、

膀胱炎のことをすっかり忘れる。


幸せとは、相対的なもんなのだ。

病気が治ったあとの元気は、それまでの元気と

量は同じだとしても、質が違うのだ。元気の評価が上がるのだ。

「膀胱炎だけどフライトは逃さなかったあたし」

と「膀胱炎だけどフライトは別に問題なくのれたあたし」

とは、似て非なるもんなのだ。前者のほうがハッピー評価なわけだ。


しかし、うちに帰るまでが遠足です。

乗り継ぎのバンガロール空港で、

短いけどその時の私には長い夜を明かして

やっとゴアへのフライト!ただいまゴア!お待たせ!


のはずが、


「目的地のゴアが霧のため、この飛行機はバンガロールに引き返すことになりました」

機内アナウンスを聞いた瞬間、聞かなかったことにした。

そんなことはおかまいなしに飛行機はバンガロールに戻り、

結局ゴアには2時間半遅れで到着。たかだか1時間のフライトのはずだったんだけどね。


そのうえその日の朝出発の友達に会うために

ゴア空港で一時間半待ったんだけど

行き違いで結局2秒しか会えず、


ゴアの家に、ボロ切れのようにたどり着いたのでした。

庭のココナッツやマンゴーの木も、

ご飯せびりに来るごつい顔した野良猫も

庭まで迫ってくる牛たちも、

みんなが私におかえりと言っている。

ああ私のベッド。お待たせ。


今回、マレーシアに罪はありません。

国立公園は美しい裏道がたくさんあるしね。

またリベンジしに戻るよ。

膀胱炎のせいで、

辛いものも魚介類も食べてないし、つまりカレー食べてないし。


膀胱炎は気をつけようがないことも多々あるが、

旧正月のマレーシア旅行は気をつけようがあるのでお気をつけください。


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# by shantiriot | 2018-03-01 14:41 | 日々のつぶやきもろもろ

旅立つ人のメッセージ

立春も旧正月もとっくにすぎたというのに

新年のご挨拶もなにもあったもんじゃないですが、

2018年、元気にスタートしてます。

12月に北インドのジャイプールから南下して、ゴアに着いてもう2ヶ月です。


1月の終わりにゴアの友人が日本で亡くなり、かなり凹んでました。

この前のブログにも書いたのだけど

ゴアのなかよしに、2年くらい前に癌が発覚。

去年の9月に会いにいって、その時も辛そうだったのだけど

それから更に辛そうになっていったので、

11月に日本を出る前に、彼女に会いに鳥取に寄った。


その時も、やっぱりかなりしんどそうだった。

痛みに耐える彼女をみるのが私もとても辛くて、

毎日、どうか痛みをとってあげてほしいと切に祈っていたけど、

痛みから解放されるということと、死ということは、私の中で全くつながっていなかった。


亡くなったという知らせを聞いた日、初めて、

あ、そうか、もう痛くないんだ。

私、痛いのをどうにかしてって毎日お願いしてたじゃん。

そのとおりになったんだ。

願ったとおりになったけど、痛みがなくなることと死はイコールだったということに、その時やっと気づいた。


どこかでわかってたけど、必死で否認していたなあと思う。


11月に鳥取に会いに行って、私が旅立つときに、


あ、やばい、このままだと二人とも号泣してしまう!という空気がよぎったんだけど、

そこを必死にこらえて、すっかりやせ細ってしまった彼女をたくさんハグして、

ふたりとも半分泣き笑い直前、みたいな調子でさよならした。


たぶん、ここで泣いてしまうと、

これが会うのが最後だということをお互い認めざるを得なくなってしまうから、

泣くわけにはいかなかったんだなあ。


だって、本人は、「死が頭をよぎることがある」とは言っていたけど、

次の瞬間にはその不安を必死で振り払い、生きぬいてやるという姿勢が全面に押し出されていた。

本人がそういう調子だったので、結局一度も、死の準備、みたいな話を私とはすることはなかった。

3歳の娘と、夫を残して自分が死ねるわけがない、と思ってたんだろうな。


でも、さよならした後に、自分でもびっくりするほど、ひとりでおいおい泣いてしまった。

考えてみたら、彼女が逝く前に、すでにさんざん泣いていたことに後から気づいた。

悼むのは、その人が亡くなってからとは限らないよ、とゴアの友達に言われた。

しかも彼女が亡くなる前の日に。

それでもやっぱり逝ってしまってからもおいおい泣くんだけど。

死期は自分では選べないとか、魂は永遠に生き続けるとか、ええいろいろ頭では理解してるんだけどね、

やっぱり実際起こってみると、自分のどこかにぽかんと空いた穴はどうやったって痛い。


亡くなった日は、どんな形でもいいから生きていてほしかったと強く思った。

延命治療を希望する家族の気持ちがわかる気がした。

どんなに薬漬けでも、チューブで覆われていようとも、とりあえず今はこの人はまだこっち側にいる。

それがどんなにか細い炎であろうとも、生命がまだ燃えている。こっち側で燃えている、ということに

いちるの望みを託したい、と思うのは無理もないよね。


それから一週間は、毎朝、起きた瞬間に、

ああもうこの世に彼女はいないんだということを思い出しては泣く、という様で、

もう朝からぐったりだったのだけど、悲しいのと同時に、

彼女がもう痛くない、ということに気づいて、しみじみ、心底よかったねえと思えるようになった。


日本のお葬式と同じ日のサンセットに、ゴアのビーチでもセレモニーをした。

花と線香を山ほど買ってきて、彼女の行きつけだったゴアのビーチの、シバ神の頭像を飾り付けた。

セレモニー用にプリントアウトする彼女の写真を探したんだけど、どれももれなく100万ドルの笑顔で、

来た人みんなが、彼女の笑顔がどんなに素晴らしかったかということを口々に語っていた。

満月の前の日だったので、「月は東に日は西に」状態で、日没と同時に月が昇り、柔らかい光が長く続いていた。

彼女はたぶん、100万ドルの笑顔を真っ赤にして、

まるで誕生日のサプライズパーティをやってもらったかのように、

「やだその花ぜんぶあたしのため?きゃあーやめてー!」と恥ずかしがってるような気が、ほんとにした。


その日から、彼女はどこにでもいるようになって、

美しい朝日を見ても、牛乳をこぼしてしまっても、全てが彼女からのメッセージで、

私はしょっちゅう彼女に話しかけている。

いきなり泣き出す私に、彼女は「もーりおちゃん、だからーもう大丈夫だって私!」

と言わんばかりに隣であわあわしているような気がする。


私はそれでもやっぱり泣くんだけど、その時にあわあわしている彼女は、

元気いっぱいの幸せそうな彼女で、私はそれがしみじみ嬉しい。

彼女がいないのはもちろんすごい悲しいんだけど、私を訪ねてくれる彼女は、

亡くなる一週間前にビデオチャットしたときの痛々しい姿ではなく、

いたずらっぽい笑顔の彼女だということに救われる。


一人っ子を亡くしたご両親と、私の友人でもある、彼女の夫の悲しみを思うと、どんな言葉も軽すぎる。

彼女の3歳半の娘は、葬式当日は大変だったみたいだけど、彼女に似てそりゃ天真爛漫で、

葬式の次の日からよく食べよく眠ってるらしい。周りを泣き笑いさせているに違いない。

母親を失ったということはそれは大きなトラウマだけど、大丈夫、周りの人の愛情を一身にうけて

そして、母がどんなに素晴らしい人だったかということをさんざん聞かされて育つはず。

私もその周りの人のうちのひとりになろうと思う。


亡くなる人はいつでもメッセージを残すんだなあ。

日々の諸々の気づきを、勝手にいちいち彼女のメッセージに仕立て上げて

今日も精一杯の1日を送ろうっと。


とりあえずはこれを書かずして他のことを書けないので書いてみた。


ゴアシーズン真っ只中

南国の冬も終わりつつあるよ、

ジーンズ履かなきゃバイクにのれない時期がすでに懐かしい。


私は元気です。みんな元気かな。


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# by shantiriot | 2018-02-24 19:39 | 日々のつぶやきもろもろ

後ろ髪ひかれる出発。とにかくカトマンズ到着!

毎年恒例の、怒涛のパッキングもどうにかこうにかすませて日本出発、カトマンズに着いてます。

いつも出発前は、整理整頓の苦手意識がすごすぎて、

荷造りをしなければならないシチュエーションに

パブロフの犬のように緊張してしまうのがネックかなと。

でも、今年は、私の尊敬するインド占星術師のけいこさんの名言

「りおちゃんだいじょうぶよ、あなたが何か忘れても、誰も死なないから」

を胸に格闘して、まあまあの余裕でパッキングを終えることができた。

毎年この時期妄想することに、

「寝てる間に小さい私がパッキングをすませてくれる」と

「スモールライトで荷物全てちっちゃくしてしまう。ついでにどこでもドアで出発する。

スモールライトがないと、大きなどこでもドアを持ち歩かなきゃいけないから、スモールライトはどこでもドアとはセットよね云々」

というのがあるんだけど、これくらいの妄想は誰にも迷惑かけないのでよしとする。


今回は、鳥取に3日間寄り道をして、関西空港から飛んだ。

鳥取に住んでいる大切な大切な友人が、大きな病と闘ってるので、応援しに行ってきた。

もともと日本出発予定が例年より遅かったので、

この寄り道でカトマンズの仕事がちょっと遅れてしまうんだけど、

何しろよかったなと思うのは、私のボスは私なので、

いろんな遅れの責任は全部自分でどうにか調整がきく、ということ。

会いたい人に、ちょっと無理をしても会いにいけるという仕事でよかった。

9月にも鳥取に会いに行ってきて、今年はその時だけ、のつもりでいたんだけど

最近の検査の結果がイマイチだというのを聞いて、考えた末に会ってくることにした。

彼女はとても喜んでくれた。本当に本当に会いに行けてよかった。

応援しにいくつもりが、逆に私が応援された。

体力は落ちているといえど、体の状態からは考えられないほどのアクティブさだった。

すっかりやせてしまった彼女の目力に、ものすごいエネルギーをもらった。

生きようとする人間の底力ってすごい。光は、ほんとに眼に宿るんだよ。

何もしてあげられない自分の不甲斐なさに泣けてくる、

かつてない後ろ髪ひかれる出発だったけど、行けなかったらもっと後ろ髪ひかれてた。

彼女の病気ストーリーが大きくなるのに反比例して、

私の抱える「いろいろ大変なこと」は、全て些細なことになった。

まだ小さい娘をはじめ、あなたを愛しているたくさんの人のためにも、

冬本番、乗り切るんだよー。私もがんばる。


出発してから切なくなって、彼女に感情高ぶるメッセージを送ったら、

「ドライヤーどこ置いた?」とレスがきた。

そうなのよ、どんな闘病モードでも、日々の雑雑は続くんだ。

子どもがドライヤー隠したり、ご飯食べてくれなかったり、ところかまわず漏らしたりする。脳天気でやかましい子どもが光だなとつくづく思うのは、私が「たまに会う親戚のおばちゃん」みたいなもんだから言えることで、親は待ったなしで日常にもどされる毎日なのだ。


みなさんもよかったら、どうか鳥取県八頭(やず)のあやに、愛を送ってください。

「何だかまだ死ぬ気がしない」そうだ。その調子で頼むよ。


大阪からの、関西空港行きのバスに、トイレに行っていて乗り遅れ、

でも荷物だけはバスに乗って行っちゃって、私は次のバスで行くことになるという、

ある意味想定内の、自分っぽいエピソードに苦笑していたら、

空港に着いてみたら超混んでいて、余裕を持って鳥取を出たはずが

結局、フライトの最終搭乗案内で滑り込みセーフで乗る、ということに。

滑り込みセーフでもなんでも、乗れたのです。

相変わらずドタバタネタはつきませんが、とにかく私は元気です。


日本シーズン2017でおつきあいいただいた皆さま、

今年もドタバタを温かく見守っていただき、本当にありがとうございました。

私はつくづく周りの人に恵まれてるなと思います。感謝を胸に精進します。


さあネパール!インドは2週間後。

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初めて行った鳥取砂丘。想像以上にでっかかった。ぱーんと開けた場所に行くと、

ちまちました東京で育った私は、いつも「広い」というだけで興奮する。
ネパールは海なし国なので、海は来月のゴアまでお預け。


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# by shantiriot | 2017-11-16 13:23 | 日々のつぶやきもろもろ

RIO :天然石とシルバーの一点もの中心のジュエリーブランドShanti Riotのデザイナー。インドネパールを中心に旅しつつ制作しつつ、まったりとエキサイティングな日々を送っています。Home is where your heart is.
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