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日本の冬も春もすっ飛ばし続けて

もう10年以上たつ。

毎年、正月と桜の時期は、どこでもドアで一瞬だけ帰りたくなるんだな。

どちらの季節も、私がいる南インドのゴアも負けずにいいシーズンなんだけど、

遠い記憶がくすぐられて、ちょっとそわそわする。


そして最近、このくすぐられる記憶、

というのはけっこう曲者だということに気づいた。

私が恋しい日本の正月は、

さんざんやった、年越しパーティでご来光まで踊り倒してイエーイ!のパターンではなく、

NHKの「ゆく年来る年」で除夜の鐘を聞き、

年越し蕎麦を家族で食べる、にはじまる

「ザ・日本の正月」なのだ。


「ああ懐かしい日本の正月!」といつものように切なくなった今年

果たして、私の懐かしがってる日本の正月っていいつの話なんだろうと思った


家族で年越し蕎麦、

なんて少なくとも中学生までさかのぼるんじゃないだろうか。

年越し蕎麦なんて毎年食べなかったし、

大人になったらもう新年は家族より友達と過ごすものだった。

蕎麦を食べてから、近所の東京大仏まで初詣行ったとか、

そういえばその時父に肩車とかしてもらったような気がする、とか、

くすぐられるも何も、ざくざく掘り起こしてそれからぐいぐい引っ張りだす、

くらいの遠い記憶だ。


しかもその記憶が真なるものかと言われると、

掘り起こそうとすればするほど自信がなくなる。

私には三歳年下の妹がいて、私はやたら「しっかりした姉」ぶってたので

小さい妹の前で、肩車してとか言えなかったような気がするなあ。

ってことは妹が生まれる前の記憶だとしたら、すでにそれは伝聞の記憶じゃないのか、

記憶を追いかけようとするとその情景はどんどんセピア化していって

クリアーどころかぼんやりしていくのにも関わらず、キラキラ輝いてくる。


そんなキラキラした日本の正月の記憶にたどり着くには、

日本にいないここ10年あまりじゃ全く足りない。


そんでその記憶は、初詣の人混みでぐったりしたりことや、

慣れないおせちは味が濃すぎてのすぐにのどが渇いたりだとか、

他愛ないけどまあプラスにもならない記憶は含まない。


あくまでも、キラキラセピア色なのだ。


そこで思い出したのが、

高校生の時にアメリカに留学したときのこと。

アメリカ人と結婚してもう30年以上はアメリカに住んでいる日本人の女性が

ボランティアで私の家庭教師をやってくれていた時期が一瞬あった。

その人が、日本からそんなに遠ざかっているとは思えないほど、

日本人女性のステレオタイプを賞賛する人だった。

大和撫子、とか、三歩下がって、

なんて言葉を本気で使う人に会ったことがなかったのでびっくりした。

その女性のお母さんがどうやらそうだったみたいで、

彼女は自分の母親を誇りに思ってるみたいだった。

どうみても夫にそのように接しているようには見えなかったんだけど、

もう今は自分には届かない日本文化を懐かしがっているようにみえた。

「しかも、あなたの懐かしがるその文化、とっくにないと思うんだけど?」

と思わず言いそうになったけど、大先輩に高校生の、それも英語もろくにしゃべれない留学生の分際で、

生意気言ってはいけないんだろうな、と飲み込んだ。

まだ覚えてるので、よっぽどがんばって飲み込んだんだろうなあ。


たぶん、自分の文化から距離を置いてしまうと

実際見たことのない情景でも、

いいとこどりでセピア色の記憶として

キラキラ存在しはじめるんだろうなあ。


海外生活の長い日本人が、日本にいる日本人より

いわゆる典型的な日本人っぽくてびっくりすることがある。

自分が触れられない分、自分の文化をいいとこどりして美化しちゃうんだろう。

私みたいに毎年定期的に一定期間戻ってきてる人でもあるんだもんね。

ずっと戻ってない人とかよっぽどにちがいない。


いろいろ思い出そうとしてみたら、

花見の時期もけっこう寒いわけで、お尻が冷えちゃったり、

公園のトイレに長蛇の列だったり、

雨降っちゃって桜の花びらが地面でぐちゃぐちゃになっちゃったり、

そんな桜の季節の裏舞台も思い出して可笑しくなる。


裏舞台もひっくるめて、それでも切ない桜の季節。

セピア色のキラキラのあるかないかわからない記憶を

やっぱり愛おしいなあと思うのだ。


今日はインドのお祭り、ホーリー。


ものすごい単純にまとめてしまうと

名目は春の訪れを祝って、お互いに色粉を投げ合う。

エスカレートしすぎるインド人も多々いるので

毎年、最悪のタイミングでどぎつい色で全身染まってしまった外国人が

道端で本気で怒っているのを見る。

私もやられたことがある。

ゴアを出る電車の出発2時間前に、

バイクで外に出たら、頭から緑色の粉だらけになってしまった。

ゴアはホーリーが10日間も続く(!)のでやっかいなのだけど、

毎年この時期は、そろそろゴアのシーズンも終盤なので

ちょっと気持ちが切り替わってくる。

セピア色になる前に次の準備にとりかかろうっと。


Happy Holi!!

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ホーリー前夜のホーリーファイヤー

近所のヒンズー教寺院の前で、

がんがん打ち鳴らされる太鼓(ホーリードラム)

とセット。
毎年、電線ぎりぎりではらはらする。


by shantiriot | 2019-03-22 03:16 | 日々のつぶやきもろもろ

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私は元気です。みんな元気かな。
あまりにブログやSNSを更新しないと、

誰のせいでもなく

自分で勝手に作り上げたプレッシャーがやってくる。


こまめに更新していると

どうっていうことない日常の些細なことでも

気軽にあげられるはずなのだけど、

ブランクが空いてしまうと、

まあまあ報告するに値すること、を書かなければいけない気がして、

「いやいやこんなことは些細なことすぎる」と

書く内容の重要度にやたら厳しくなる。


私は、日本の冬と春の時期は、南インドのゴアの家に住んでるのだけど、

うちの庭に、鮮やかなグリーンと黄色の鳥が水浴びしに来た!

写真撮れなかったけど!ああありがとうなんて美しいんだ君は!

などは、私にはワクワク度高し、のニュースなんだけど

これって知らない人が写真なしで言われても、なんだかな、って思っちゃうのでは

とか、いらない深読みをしすぎて、書くことから遠ざかってしまう。


しかし人は、美しかった話、より「大変だった話」に惹かれる傾向があるのだなと思う。

美しい場所の話より、珍道中のほうが頭に残るみたいで、

ついつい私のする話も大変だったにかたよりがちで、

いつのまにか自分が「ものすごい経験を積んだ旅人」みたいな位置づけになっていてびっくりすることがある。

とはいえ、飛行機や電車に乗り遅れそうになったり乗り遅れたり、肺炎やら肝炎やら腸炎でぶったおれたり

大変話には事欠かないんだけど、そりゃ特別なケースで、あくまでも自分にとっては普通の生活がベースにある。


どんな非日常も、それが日常になるまで大して時間はかからない。

旅してると、新しく訪れた街のレストランに二日続けて通えばもう、なんちゃってお得意さん。

自分にとっての日常が、それを伝える人にとっては非日常になるということがわかっていると

その温度差をどう扱うか、に戸惑うことがある。

そしてこの戸惑いは、「とにかく伝えてみる」という経験の繰り返しで慣れているのだけど

あまりに伝えることにブランクがあいてしまうと、

不必要に戸惑って、自分で自分に余計なプレッシャーをかけてしまう。


私はひとりで仕事をしてるので

自分のボスは自分で、それは最高なのだが

飴とムチの調整が難しいことが多々ある。

それでも、飴が多すぎるのだ!とムチを打ち、体をこわしちゃったりしてから学んだ。

飴とムチに二分しなくてもよいのだ。

休むときは休む、というのは飴でもムチでもないのだ。

優先事項が健康、ということが一番ぶれちゃいかんのだ。


はい、言い訳が長くなりましたが、健康第一、心も体も元気です。

自分のまわりでも世界でも、大きなニュースも小さいニュースもあげるとキリがないけど、私は元気です。

今シーズンのゴアでは、ヨガの集中コースにも参加してみた。

8日間だったけど、物心ついたときからとにかく文系だった私には、大きな新しい挑戦だった。

子どものときは、本を読んだり、お話を書いたり絵を描いたり、おもちゃとか人形とか作ってみたりとか

とにかく何か作っているのが好きで、近所の子が外で遊ぼうと誘いに来ると

「外で遊んだほうが子どもらしいよな。ほんとは絵描いていたいけど、子どもらしさを保つために遊んでおいたほうがいいよな」

と密かに動機づけて外に出るような子だった。

だからそれなりに外でも遊んでいたし、子どもだから出てしまえばそれなりに楽しいんだけどね。

しっかしめんどくさい子どもだったのね私。子どもらしさを演じてた訳ね。


とにかくそんな子だったので、自分で選ぶとしたらいつも室内だった。

その文系の私が、一日中、自分の体にだけ集中して、

終わったら毎日くたくたに疲れて、でも体の疲れだから、頭の疲れと違って、一晩寝たらすっきり!

というのはシンプルで素晴らしい体験だった。

なんちゃってながらに続けてると、少しづつでも、心も体も応えてくれる。

健康な精神は健康な肉体に宿る、なんて体育会系の筋肉バカの呪いだ、くらいに思ってたのが、ごめんなさい。

体と心は確かにつながっている。


気がつくと今年も3月。南国の冬はとうに終わり、そろそろ蒸し暑くなってきたよ。

ゴア生活もあと一ヶ月、シーズン終盤、みんなぼちぼち移動し始めています。

それから灼熱の砂漠、北インドのラジャスタンを経て、5月と6月はネパールで制作の予定。

そろそろ宿題に持ってきた石たちをいじり始めよう。

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ゴアの家の庭の朝。プラスチックのバケツが目立ってしまうのだけど

この爽やかな朝に注目なのは、フェンスの上のテラコッタの皿。

これが鳥の水浴び場になってる。

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かわいいのう。







by shantiriot | 2019-03-18 21:24 | 日々のつぶやきもろもろ

RIO :天然石とシルバーの一点もの中心のジュエリーブランドShanti Riotのデザイナー。インドネパールを中心に旅しつつ制作しつつ、まったりとエキサイティングな日々を送っています。Home is where your heart is.
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