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行き先はSHANTI

不覚なギフト。(いや、今度こそ出発するよ)

そもそもの予定では、とっくにネパールに着いて、
ヒマラヤで深呼吸してるはずが
なぜか東京にいます。
インドビザが降りるのが遅れ、
まさかのチケットキャンセルしての、買い直し。

今年は、1月になかよしの若い友達が亡くなって、
4月に父が倒れ、7月に看取ることになり、
同時期に、私のいる、インドのゴア関係の友人が
それぞれ別件で3人(!)も亡くなり
自分のがんばりでは、どうにもこうにもならない試練が
立て続けに起こり、正直がっつんがっつんやられまくった年だった。

追い討ちをかけるように、出発直前に兄の病気が発覚してまたもや動揺。
ああ今年は今までで一番日本を出発しにくいなあ、
でも私が一週間とか一ヶ月とか日本にいたからって
どうなるものでもないもんなあ、
と後ろ髪をひかれていたら、
案の定、動揺ついでにビザ申請の記入間違えで
出発が数日延びることに。

ようやく、明日ネパールに向けて出発。インドビザも無事おりた。

こうなったら、予期せずあいた時間で、
あきらめてたイベントに遊びに行ったり、ついでに、
あきらめてたお墓まいり行ってくることにした。
ちょっと遠いので、どんなにがんばっても半日強かかる。
今年の夏の、父の四十九日は、私たち家族が渋滞に巻き込まれて遅刻、
時間が押して焦ってる坊さんに、大急ぎでお経をあげてもらって
大急ぎで会食へ。お墓の前でしみじみするとか皆無だったので、
あらためてしみじみしに行こうと思ってたのだけど、
時間がないままに出発で
残念だなと思ってたのだ。

パーキンソン病と10年近くつきあった父。
二ヶ月半の点滴のみの入院の末、
最後は生命維持装置を全て外して家に帰ってきてた。
リビングの真ん中に介護ベッドがどーんと置かれ、
全てにおいて介護が必要だった。
完全絶食で、水もなしで15日生きた。
家に帰ってきてから、終始、おだやかな顔をしていた。
生涯を通じて病院勤務、おまけに長いパーキンソン病歴、
チューブをとって、家に帰ってくることが何を意味するか、
全て理解していたと思う。

家に帰って来る前、病院で、父にいきなり、

「ちゃんと、最後まで見届けてね。」と言われたことがあった。

「何を?」と聞き返すと、目をあけて、まっすぐに私を見て、はっきり答えた。

「ぼくを。」

一瞬絶句したけど、こんなに全部をわかってる人に、
来るべき死を否定するほうが酷だと思ったので、
思い切り顔を近づけてものすごいはっきり言ってみた。

「ご心配なくっ!!!ちゃーーーんと私が責任持って見届けてあげるからね、
まかせといて!だいじょうぶ!」

そしたら、父はものすごーーくほっとした顔をした。

入院してから、あまり話せなくなっていたので、表情とか全体の雰囲気から
何を伝えたいか読み取る感覚が、たぶん私もするどくなってたんだろうな。

家に帰ってきた父は、ますます話せなくなっていったけど
なんだか幸せそうな顔だった。

合唱団に属していた父。
合唱団関係のお見舞いの方がうちに見えたとき、
「なんか聞きたい曲ありますか?」と聞かれて
父が、「千の風になって」と言ったので
ユーチューブでかけてみた。

ああそういえば父が合唱団で歌ってたかもねこれ。
私は日本のメジャーな歌謡曲にほんと疎くて、
これも全くどうとは思ってなくて
朗々と歌い上げる感じも髪型も大げさでなんだかなぐらいに思ってた。
つまり、歌詞に注目したこととかなかった。

この曲は、
「私のお墓の前で泣かないでください」
で始まるのだということに初めてこの時気づいた。
風になったり鳥になったり、とにかくお墓にはいないからね、
でも見守ってるからね、という歌、ということは
きっと日本全国の多くの人々は知ってるんだろうけどね

今まさに死に向かっている父親に聞かされたので、
不覚にもちょっとぐっときてしまい

「いやーこれどうなのよーこの状況でこんなベタな選曲!
リアクションに困るじゃん!」
と、死にゆく父に思わずつっこんだら、
父も「ぐっときている」顔をしていた。
その場にいた全員がぐっときて、しばらく言葉を失った。
それから一週間くらいしてかな、亡くなったのは。
本当に、ろうそくの炎がだんだん小さくなるように、眠りについた。
できすぎの看取りだと思った。

父が亡くなって今週で4ヶ月。
それ以来聞いていなかったその歌を
墓地に誰もいなかったのをいいことに。
お墓の前でちょっとかけてみた。

墓の前で泣くな、という歌を聞きながら
まんまと墓の前で、私は鼻を3回かむくらい、ひとりでおいおい泣いてしまった。

ああ、やっと泣けるようになったんだなあ。

亡くなったときは、泣きたくてもなかなか泣けなかった。
葬式で、やたら元気な遺族が、参列者の涙を誘う、という構図がよくわかった。
一緒にいる人を信頼してないから泣けない、とかそんなんじゃないのである。
タイミングを勝手に逃した感があった。
わんわん泣けたら楽なのに、と思っても、わんわんのタイミングがそうそうこない。

亡くなった直後より、あとでじわじわくる、というのが最近よくわかる。

泣かせてくれてありがとう。
まだまだ泣きたりないので、
どこかで号泣ライブ行きたいなあ。

わんわん泣きながらでも前に進めるんだね。
だいじょうぶ、生きてる人も死んでる人も、
私には、強い味方がたくさんいる。

お墓の前で泣くな、と言っておきながら、
ちょっと墓参りしてほしかったのかね、
まあしょうがないわ、不本意だけどトラブルのおかげで来られた訳だし、
これもギフトと思うことにする。

という訳で、明日出発です。今度こそ、ネパール行ってきます。

私は元気です。ありがとう。

↓これをかけてみた。

d0132132_22003097.jpg
父が書いた「海」。誰でも入れるように、何々家の墓、にしたくなかったらしい。















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by shantiriot | 2018-11-12 22:04 | 日々のつぶやきもろもろ

RIO :天然石とシルバーの一点もの中心のジュエリーブランドShanti Riotのデザイナー。インドネパールを中心に旅しつつ制作しつつ、まったりとエキサイティングな日々を送っています。Home is where your heart is.
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