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RIO :天然石とシルバーの一点もの中心のジュエリーブランドShanti Riotのデザイナー。インドネパールを中心に旅しつつ制作しつつ、まったりとエキサイティングな日々を送っています。Home is where your heart is.


by shantiriot
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まだバンコクです。

ネパールの大震災から二週間以上が過ぎた。

地震の次の日にインド・ニューデリーからカトマンズに飛ぶ予定だったのを
地震のため、急遽目的地変更。
インドビザが切れる当日ぎりぎりにネパールに脱出するつもりだったので
どっちにしてもインドは出なきゃいけなくて
何するかもよくわからないまま、超予定外でタイに飛んだ。

という訳で、まだバンコク。

とりあえず、私のジュエリーを作ってくれている職人たちや、友人たち、
連絡が着く人の無事は確認できた。

被害がひどかったランタンにトレッキングに行った友人は、
その日の朝寄り道したためにランタンまでたどり着かず無事だった。

とりあえず、職人たちと、私の連絡できたひとたちは無事が確認できた。

地震の後数日は携帯になかなかつながらなくて

数日後、やっと電話がつながった職人の男の子は、
カトマンズ市内の病院に、手術のつきそいで来ていた。

私のゴアでのジュエリー制作は、私と私の相方で、
ネパール人の職人二人に来てもらって、彫金工房を構えて、
シーズン中フル稼働で作ってもらっている。

このうちのひとりに電話がつながる。
彼は、カトマンズ郊外の村に家があって、村の家はほとんど倒壊、
倒れていなくても損傷がひどくて住む事はできない状態だそう。

彼と家族のとりあえずの無事はもう確認できていたんだけど、
その後の様子が心配だった。
彼の声はびっくりするくらいいつもどおり。
家崩壊しちゃったのに。

私「食べものは?」
彼「ある、少しだけど」

私「水は?」
彼「ある、少しだけど」

何もできないもどかしさで半泣きの私に

「ディディ(おねえさん)、自分は大丈夫だから、また話そう」

おろおろする私より
二十歳そこそこの彼のほうがよっぽどしっかりしてるのだ。

夜、うちの相方(ネパールで先週合流する予定だったのだけど、まだインド)
に電話でその件を話したら、言われた。

「いっしょに悲しんで落ちることより、今は
もちあげてくれることのほうが大切」

はっとした。
そうだ私がしっかりしなくっちゃ。
失ったもの(甚大)を嘆きつつも
嘆いているだけの時間はないんだ。
泣きながらだって、
何ができるかを模索することはできるのだ。

その数日後、彼の村では動ける人たちみんなで
家を建て始めていた。

言葉の問題もあるのでなかなか詳細がわからないんだけど、
一軒たてたら次、という感じで
協力して建てるんだそう。

泣くのはしょうがない。

起きたら死者数が3000人を超えていた朝、
私は
ひとりでおいおい声をあげて泣いてしまった。

それから死者数はみるみる膨れ上がっていって、
7000人以上が亡くなって15000人以上が負傷した。

本当に悲しい時の
悲しい、という言葉は、軽すぎる。
胸が痛い、というのは、本当に痛いのだ。

でも、悲しみながらでも
動かざるを得ない人たちがたくさんいる。

個人的に支援するネパールの人が複数いて、
それとは別に
ネパール被災地全体の支援も必要なので
支援はなかなか複雑なのだけど

とりあえず送れるお金は送って、
託せるお金は託し中です。

経済的支援の他にとりあえず自分にできることは、
職人たちが仕事ができるようになったら
がんがん働いて少しでも収入が得られるように
自分のオーダーを準備すること。

早く働きたい、というのは何もジュエリー職人に限らず、
ネパールで他分野で仕事をしている友達からも同じ話を聞く。
さっさと働いて家建てなきゃ!なのだ。

という訳で

しばらくタイで、次シーズンのデザインをがんばります。

石はかなりカトマンズに置いてきたので
もろもろ足りなくて厳しいっちゃ厳しいのだけど
できるだけの事をやってみる。

バンコクでも少数だけど今シーズン用につくります。
もろもろ足りないけど、
できるだけの事をやってみる。

よっしゃ。

バンコクの川から見た夕日。
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by shantiriot | 2015-05-10 01:26 | プロフィール