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毎度のことの、たっぷり丸々二日間の
陸路の長旅を終えて、
昨日の夜12時すぎにインドからネパールの首都、
カトマンズに到着しました。

ジャイプールでの三週間あまりがあっと言う間に過ぎ去り、
今回は出だしがかなりゆっくりだったジャイプールは、
結局最後はいつものようにおなじみの大忙し。
そしていつものように、ジャイプールの
石モードに疲れてきたところで、
今回も同じラジャスタン州のプシュカルに脱出。
ここは聖なる湖で知られるヒンズー教の屈指の
聖地だけど、ここ半年以上湖は空っぽ。
湖の底の掃除、という名目で水を抜いて
掃除した、(といわれればそんな気がするけど、
そもそもどれくらい汚れていたのか見当がつかない)
のはいいが、慢性水不足の砂漠地帯で、
この湖をいっぱいにできるのはいつになることやら。
バスで四時間、というのは
東京に住んでいるとかなりの距離感だが、
インドは何しろでかいので、四時間というのは
まあ広義の意味での近所。
とはいえ日帰りはさすがに
きついので、ジャイプールの部屋をキープしたまま
一泊、のつもりがやはり二泊になる。楽しい確信犯。
とはいえ誰にも怒られないのだけどね、
あとできつくなるのは自分しかいないので。
今回ジャイプールで会った、スペインの女の子と
プシュカルにいっしょに行く。
一日中買い物三昧で、充実したガールズデー。
私は、女の子をほめるのが大好き。
男の子をほめるのと違って、行間とか下心を
読もうとはされないぶん、思い切りほめられる。
特にインドだと、男の人だと、
こっちがちょっとほめたことが
びっくりするくらい勘違いされたりするので、
素直にほめたくなるのをちょっとセーブしたりしざるを得ないときがあるので、
ガールズを賞賛するのは楽しい。
バスの中とかでも、ローカルの美人を見つけると
つい「きれいねー!」と絶賛してしまったり。
かわいいボーイズを見て同じことはできんのだ。
今回いっしょにプシュカルに来たエレーナも
ニューシネマパラダイスの主人公が恋する女の子に
ちょっと似ていて(そういえば映画の中の子もエレーナじゃなかったか?)
それはキュートで、試着するたびに
「ケベーーーーラ!!」(How beautiful!)
の連発だったのだ。

プシュカルからジャイプールに帰って、
出発一週間をきって、さあいいかげんエンジンかけるぞ、というところで、
毎年会ういつものメンバーが4人も来ていて、俄然テンションがあがる。
今年、去年と不況の影響が大きくて
ビジネスで来る人が減ったのと、
常宿にしていた場所が改装して様変わりしてしまったので
なかなか人と会いにくくなったりして、
今回もあまりおなじみのメンバーがいなくてさみしいなあ
と思ってたので、いきなり社交モードになるがこれはこれで
楽しいのだ。おかげで最後のジャイプールは睡眠時間も削り
石の整理に追われることに。ジャイプール最後の夜は私の部屋に集合で、
私が石とまみれている横でみんなベッドをカウチがわりにおしゃべりすることに。
私もなんとなく会話に参加したりしなかったりのゆるい感じがけっこう楽しくて、
人がいながらにしてのパッキングは私はけっこう好きなのだ。
もちろん何倍も時間がかかるので、結局あとで大変なんだけどね。

ジャイプールもだんだん寒くなってきていて、
ぽかぽか大作戦の登場。
「りおーーそれは着すぎなんじゃないの?」
と、熱いイタリアン男性の友達にあきれられる。彼はTシャツだったりして。
「これはイタリアにはないでしょー」と腹巻きを見せると驚愕。
「君の年なら三日に一回彼をとりかえるくらいエンジョイして
いたって不思議はないのに、そんな今からグランマみたいなストマック・ウォーマーをするなんて!!!」

今のところ、私のかなり偏った統計によると、腹巻きは日本以外の国では使われてないらしい。

しかし、持って来てよかったあったかグッズ。
カトマンズ、わかっていたが寒い!
もう、寝る時に「顔が寒い」状態です。

今回は15日ビザでの滞在。
一年前もそのつもりで来たんだけど
ジュエリー盗難事件により延長。
今年は誰も何も盗らない、ことになっているので
タイトなスケジュールながら、
集中してがんがん仕事するのだ。
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by shantiriot | 2009-11-30 02:30 | 日々のつぶやきもろもろ
先週の土曜の夕方、
デリーに到着して、結局デリーに二泊した。

出発前夜に亡くなった祖母のことを思う時間が欲しくて、
ほんとはデリーに着いた夜に、
シーク教の寺院に行こうと思っていたんだけど
時差と寝不足には勝てず、土曜の夜はダウン。

時差といっても3時間半なんだけど、
それでも私は慣れるのに二三日かかる。

今回は、たまたまデリーにいたチリ人の友人が
デリー空港まで迎えにきてくれた。
誰かが空港で待ってる、ってたまにはいいものだ。

しかし、出発前日は準備でついに一睡もできず、
ありがたーーーーいことに友達の愛ちゃんとなおちゃんが
成田空港まで見送りに来てくれて、
テンションあがって眠いどころではなく。
飛行機でも寝付けなくて、
デリーについたときはぼろぼろ。

迎えにきてくれた友人が荷物(今回もすごい量!)を
運ぶのを手伝ってくれてありがたかった。
その後デリーでその彼といっしょに夜ご飯を食べに行ったのだけど、
途中から眠気が襲ってきて、椅子から落ちそうなくらい。

Noと言えない日本人、
話し続ける彼の顔も声もぼわーーんとしているのに、
話の内容がなかなかヘビーだったりして、
「ごめんね、もう限界だから帰る」というのにものすごい時間がかかる。
このへん、旅をしていて鍛えられたところのはずなんだけど、
それでも自分の中の余計な八方美人が邪魔をする。

結局部屋に帰ったのは11時半、
着替えもなしで顔からベッドにダイビングでそのまま朝までゴー。
シーク寺院どころではなかったのだーー。

実は、二泊したのはもうひとつ理由があって、
先週の木曜に、私が石の仕入れをするジャイプール市の郊外で
インド史上最大のオイルタンク爆発の火災が発生。
火は100mの高さ(!!)にも及んだとかで、
ジャイプール市内も気温上昇(!!)
私がデリーに到着した時点で、すでに火は3日間燃えつづけていた。
いいかげん全てを燃やし尽くして消えるまでにあと二日はかかるといわれて
それもあってデリーで二泊。なつかしい友達にも偶然再会したりして、楽しかった。
デリーはインド旅行者の中継地点なので、ほぼ毎回誰かにばったり会う。

で、私がジャイプールに到着した月曜には、火災は終わっていたのだけど、
よく聞いたら火災があったエリアは、私が仕事を頼んでいる工場がある工業地帯!
そのエリアは避難命令が出されているって、ひえー!
工場を経営している彼に電話してもつながらず。

参ったなあと思っていた次の日、その彼はインドにいないことが判明。
別の人につながって、工場は月曜に避難命令解除されて、
全ての仕事が今までどおりになっているからだいじょうぶ!
と言われ、次の日に工場まで行く事に。

市内から車で20分ちょっとのところにあるこの工業地帯、
いつもの道がところどころまだ閉鎖されている。
そのエリアに入ったとたん、建物の窓があちこち割れているのがわかる。

私のお願いしている工場からそう遠くないところに、
いかにも重たそうな巨大なグレーの煙が
もうもうとしている。
聞いたら爆発地点から二キロしか離れてないんだと!

誰もマスクとかしてないんだけど、だいじょうぶなのか?
人々がチャイ屋のまわりで何事もなかったかのようにたむろしている。
今に生きるインド人。目に見えない空気、とかダスト、とかには
無頓着。マスクどころか布で口をおおっている人もほとんどいない。

工場について車から降りたとたん、
ケミカルな、いかにも体に悪そうな空気がただよっているのがわかる。
工場の中は割と空調が整っているとはいえ、
インドで、誰がどんな基準で避難命令を解除しているかわかったもんじゃない。
私はなるべくなるべくなるべくさっさと仕事を終え、工場を後にしたのだった。

そしたら帰り道、送りの車のなかで運転手の男の子が、
「今日はぼくもなんだか目がジリジリして変なんだ」
って、そりゃーそうだろー!

日本円にして100億円くらいの損害らしい。
重いグレーの煙は、火が消えた後もくすぶり続けている。
風向きが、ちょうどジャイプール市内を避けるような方向で、
とりあえずジャイプールにいる分には支障はないのだけど、
ジャイプールのかわりに直撃をうける可能性がある小さな村々、
避難命令が出たってどこに逃げるんだ。
もどかしいようなやるせないような気持ちになる。
インド史上最大級の「人災」なんだろうなあ。
早く煙がいなくなってくれますように。

ジャイプールに残した石と、日本に持って帰ってきて
ほとんど開けなかった石を、机に広げ始める。
ぼちぼちジャイプールもスタートしなきゃね。
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by shantiriot | 2009-11-06 16:53 | 日々のつぶやきもろもろ

旅立つタイミング

土曜の夕方に、
インドの首都、デリーに到着。
昨日の夕方、バスで五時間半離れた
ジャイプールに着きました。

金曜の夕方、パッキングも追い込みで、
商品もまだ発送できてないし、
ああ今年も一睡もしないで旅立つのは必至だあー
と、睡眠はあきらめ、
最後の日本食の買い出しをする。
やっぱりね、非常食に持っていきたいのね、
調子を崩したときにこの味噌汁があるかないかで大違いなのである。
その他もろもろ最後の買い物をして、
携帯を解約して、夕方家にもどってきたら、祖母危篤、のニュース。
それから30分とたたずに、亡くなったとの電話が入った。

94歳。最後の二ヶ月半は病院。
最後は入れるのも出すのも全てチューブをとおして、
酸素マスクも必要だった。
祖母がその状態で苦しがっている様子を
家族から聞くと、
延命治療、について正直疑問を持った。
「おばあちゃん、もういいよ、逝っていいよ」と思った。

両親には、
おばあちゃんにもしものことがあっても帰ってこなくていい、
と言われていた。
今年も、祖母の容態が夏に悪くなってからも、
もしものことがあっても予定どおり旅立っていいよ、と言われていた。

祖母の具合が悪くなってから、入院する前に家に会いに行った。
腹水がたまってパンパンのおなかで、ごはんもほとんど食べていない状態で、
私の両親が誰だか混乱しているみたいだったけど、
とりあえず孫がきてくれた、ということはわかっていて、
うれしそうだった。
祖母に話しかけるたびに手をにぎって背中をさすった。
びっくりするほど小さくなっていた。
これが最後かなあと思っていたら、ほどなく入院した。

何しろもう90すぎていたので、
毎回インドに行くときは、これが最後かも、と思っていた。

なんてタイミング。

どちらにしろ予定どおりに私がインドに旅立つとしたら、
もし祖母が逝くのが週の前半だったら、
ただでさえものすごい忙しい出発前最後の週に、
自分の祖母の通夜と葬式までこなさなきゃいけなかったとしたら、
もう考えただけで目が回る。

私の出発まであと12時間!というときの祖母のニュースは、
今更出発の予定は変えられない、という式に出席できない大義名分はあり、
しかも亡くなったという事実は家族とその場でシェアできて、
一応の気持ちの区切りをつけて私は旅立てる、というタイミングを
まるでお膳立てしてくれたみたいだった。

『おじいちゃんのそばにいきたい」と
祖父が亡くなったときから
いい続けてきた。祖父が亡くなったのは私が14歳の頃だったから
20年以上。念願かなってよかったね、

デリーには、私がいるところから歩ける距離に、
シーク教の大きな寺院がある。
あのターバン巻いてるインド人がシーク教。
裕福な人が多くて、寺院も立派。
何百人も沐浴できそうな、巨大な水場(プールみたいなのね)があって
そのまわりを人が歩いている。
24時間、生の音楽が響き渡り、夜になるとドーム状の建物が
ライトアップされてまるでディズニーランドみたい。
お通夜の予定は日曜の夜。
仏教徒の祖母は、シーク教なんて名前も知らないだろうけど、
ちょっと落ち着いて祖母のことを考える時間がほしくて、
日曜の夜にシーク教の寺院までリキシャで行った。
だだっ広い、沐浴用のプールは、夜だけど数人が沐浴している。
遅くまでお参りする人があとをたたない。
プールのそばに腰をおろして、祖母のことを考えた。
どんな人生だったんだろう。彼女は幸せだったのかな。
小一時間は座っていたけれど、
好奇心旺盛なインド人も、さすがにその場では一度も声をかけられなかった。

おばあちゃん、ありがとう、すっきり旅立たせてくれて。
旅の守り神がふえた気がする。
合掌。
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by shantiriot | 2009-11-03 16:56 | 日々のつぶやきもろもろ

RIO :天然石とシルバーの一点もの中心のジュエリーブランドShanti Riotのデザイナー。インドネパールを中心に旅しつつ制作しつつ、まったりとエキサイティングな日々を送っています。Home is where your heart is.


by shantiriot
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