カテゴリ:日々のつぶやきもろもろ( 73 )

鈍感力

ただいま、8ヶ月ぶりの日本。

帰ってきた次の日の夜、駅から家への帰り道、
バッグの中の電話をとろうとして路上で立ち止まった私に、
通りかかった30代半ばくらいのサラリーマンぽい男の人が
「どけよっ!」
と吐き捨てるようにつぶやいて通り過ぎた。

そりゃちょっとは傷ついたよ。
でも、私のことを知らない人に
一方的な言いがかりをつけられて、
しかも次の瞬間去っていった、
つまり、もう関わらなくていいので、
まあ、傷は浅い。

でも、それよりびっくりしてしまって、
「だいじょうぶかなあーこの人こんなにピリピリしてて」
という思いのほうが強かった。

インドとか、ネパールとか、
基本的におおらかすぎるくらいおおらかな国で暮らしてるので、
道に立ち止まっていても、何しているか聞かれることはあっても
どけと罵倒されることなどまずない。

だから余計、日本に帰ってくると、
人のキツさを感じてしまうのかなあ

と思って
次の日会った、インドもネパールも知ってる日本人の友達に話してみた。

「日本に帰ってくる度に、
知らない人たちが、どんどん殺伐としてきている気がするんだけど、
気のせいかなあ」

「いや、私もそう思う!ピリピリしてる!」

そうなんだあ。
ただでさえ殺伐としたニュースばっかりなのに
身近のこんな小さいことにピリピリしてたら
ピリピリがいくらあっても足りないよね!

考えてみたら
インドやネパールの、込み込みバスや電車(ネパールには電車はないけど)
の乗降時のぎゅうぎゅうぶりは、
東京の満員電車顔負けになることがある。

大きく違うのは、
「誰も怒ってない」
ことだ。
平気でみんなぎゅうぎゅう押してくるので押し返す。
「こういうもんだ」と思ってるから腹も立たないのだ。
座ってるとあたりまえのように小さい子どもが膝に乗せられる。
子どももそういうもんだと思ってるので
あたりまえのように、膝に乗せられた瞬間寝ちゃったりする。

友達曰く
「自分にも他人にも甘いからね、ある意味鈍感なんだよね。
そうそう、鈍感力!」

鈍感力。
どんかんりょく。

インドでもネパールでも、特に仕事してると、
日本的な「ふつーこのくらいはわかってくれてるだろう」
というのが全く通じていなくって、
この鈍感力に、ムカつくことも多々あるのだけど、
ある意味鈍感力があるからこそ、まわっている社会でもあるのだ。

敏感力は、困ってそうな人や動物とか、理不尽なシステムとか
あほな政治家とか、そういうとこに使えたらいいなと思うのだ。

鈍感力と敏感力のバランスをつけたい。自戒もこめて。

あの夜悪態をついた兄ちゃん、せめて帰ったら家族には優しくあってほしいなあ。

※7月1日2日の土日は、代々木公園のアースガーデンに出店しまーす。

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ネパールの首都・カトマンズの
朝からしっかり食べたい時の、典型的なローカル朝ごはん。
シェル(米粉で作ったもちもちのドーナツ。うっすら甘い)と
ひよこ豆のカレー(さらっとしている)と
チャイ(ミルクティー。ネパールは基本的にはスパイスなしが多い)



















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by shantiriot | 2017-06-26 12:16 | 日々のつぶやきもろもろ
あまりにブログを放置しすぎて
どう始めていいかもわからない、ごめんなさい。
すっごく元気です。
南インドのゴア、シーズンも終わりつつあります。

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今回のインドは、去年11月の高額紙幣廃止の電撃ニュースに翻弄されてはじまった。
もしこれが日本だとしたら 乱暴な例えをしてしまうと、
「今夜12時に5千円札と一万円札が無効になりまーす!」と夜の8時に宣告されたようなもんで、
両替なんてもっての他で、 ATMは長蛇の列で、
お金があっても誰も使えない、という嘘みたいな事態が発生して、
インド国民とインドにいる人全てが振り回された。

もちろん私もその例外ではなくて、
今年のゴアこそは、ネパールから職人に来てもらって、
ジュエリー工房を構えて制作する予定でノリノリだったのだけど
この事件の余波で、結局残念ながらそれを諦めることに。

制作しなかったらゴアでフルシーズン何しよう!と思っているうちに
気がついたらあっという間に、ゴア出発まであと1週間!
今年はヨガクラスにも通い、海でもちょくちょく泳いで、
週二回のマーケットはやったものの、工房がない分、
こっちの友達との時間もとれて、
久しぶりに絵も描き始めたりして、
とっっても贅沢なシーズンであった。
おかげさまで体も心も元気です。
高額紙幣の問題は、ゴアでもいいかげん落ち着いていて、
地域によって状況の復活に差があるのだけど、
とりあえずのところは大丈夫です。

贅沢なゴアシーズンも終盤、
毎日誰かしらが最後の晩餐で、明らかに静かになってきている。
ビーチはどこもがらーんとしてきた。

あと10日で灼熱の北インドのジャイプールに戻ります。
インド全土に熱波がきてるらしく、
ゴアもいつもより暑くてよれてるけど、
もともとこの時期のジャイプールは灼熱なのだけど、
今年はさらに燃え上がる暑さらしくて、ちょっとおののいてる。

4月後半、ジャイプールの仕事を終えたらカトマンズに移動して、
ゴアで作れなかった分、2ヶ月みっちり作るもりです。
カトマンズで作るもののデザインも少しづつ準備していて、
私もシーズン終わりモード。

夜のドライブがとうとうノースリーブでショールなし、でも気持ちよい季節。
海の中からサンセットを眺めてあがっても寒くない。
気持ちよすぎてバイクを止めたくなくて気づいたら家を通り過ぎてたりする。

いつも、ゴアのシーズン終わりは、
あれもできたんじゃないかこれもできたんじゃないか
いつのまに4ヶ月も過ぎたんだ!
とある程度呆然とする。
どんどん静かになっていくゴアが切なくて美しくて
感情的になりつつも、違う仕事モードに入る。
それはそれで、次に作るもののデザインを始めると
アタマの違う部分が活性化されるみたいで悪くない。
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by shantiriot | 2017-04-11 02:04 | 日々のつぶやきもろもろ
今年も、日本のギトギト猛暑と台風の夏と、
冬みたいな秋が過ぎて、怒涛の日本シーズンが終了。
今年の日本もいろんな再会や出会いがあって
いやあ今年も帰ってきてよかったなあ、ありがとう、また来年!
と、ネパールに飛んで二週間。
カトマンズは拍子抜けするくらい暖かくて、
腹巻もカイロもほぼ使わずにすんだ。
おまけに(とりあえずは)停電もなく、
雨季のあとでホコリも今年の春ほどじゃなくて(いやでもすごいんだけど)
割と快適なカトマンズライフ。
仕事も、思った以上にスムーズで、友達との時間もちゃんととれた。

これまで諸々鍛えられてきた故の
新たな「快適基準」を築いたのかな、
つまり私が小さなプラスを快適だと捉えられるようになったのかな、
だって、幸せとは常に相対的なものなのだ、
去年大変だったぶん、今年はこのままインドライフもスムーズにいくんじゃん。
いくにちがいなーい!

と、調子にのっていた矢先に、
インドで、モディ首相が大爆弾発言。
「あと4時間、つまり今夜12時以降は、
500ルピーと1000ルピー札が無効になりまーす!」

500ルピー(約800円)と1000ルピー(約1600円)は、インドの高額紙幣。
この日のことを、物心ついたインド人は一生忘れないんだろう。
折しもアメリカ大統領選挙の日と同日だったのだけど、
その日のインドはもちろんそれどころではなかったのだ。
私はトランプショックとこのニュースで、まあその日は仕事どころでなく
むちゃくちゃ効率悪い日だったのだけど。

ブラックマネーを一掃するとの大義名分のもとに落とされた爆弾ニュースでインド中がパニック。
だって国民の半分以上がタンス貯金のみで銀行口座を持っていないのだ。
要するに、あなたのタンス貯金全て、ただの紙切れになりましたよ、と言われたのだ。
持っている高額紙幣を今年いっぱいに銀行に入金しなければいけない。
来年も3月いっぱいまでは入金できるものの、年明け以降は入金の出処を証明する書類が必要になる。
そんなん大多数のインド国民、もちろん持ってないのである。
旧紙幣を新紙幣に替えるのも、最初はひとり一回4000ルピー(約6500円)だったのが、
新紙幣の印刷が全く間に合っておらず、ひとり一回2000ルピー(約3250円)まで。
それも何時間も銀行に並んで、の話。

で、状況はどう見ても悪化する中、二週間が経ち、私もその渦中にインド到着。

聞いてはいたので覚悟はしていたけどね。

デリーの空港では5000ルピーまでの外貨両替しかできず、
空港内の銀行が3つあったので、3つにそれぞれ並び3時間近くかけて15000ルピー弱両替できた。
一万円札は5000ルピーに満たないので替えられない。まちがって千円札持ってきすぎててよかったよ。
英ポンドも足してなんとかギリギリの限度額まで替える。
初めて見る2000ルピー札。相変わらずのガンジー。
インドの紙幣は、全てガンジーなのだ。
2000ルピーあっても、誰もお釣りを持っていないので、あんまりありがたくない。
空港内のATMにはキャッシュが残っておらず。旧紙幣も新紙幣に替えられない。

インドルピーはネパールでもある程度流通している。
カトマンズでインド100ルピー札をかき集めていたので、
(これはこれでなかなか大変だったのだ!)
なんとかデリーからジャイプールまでバスでたどり着くことはできる。

しかし、ジャイプールに着いてからだった。
一夜明けて銀行に行ってみたら、どの銀行も人人人でわらわら。
旧札はひとり一銀行で2000ルピーまで交換できる。
旧札は手持ちが7000ルピーあるだけだったので、
銀行を3つまわって6000ルピーは手に入れられた。
幸い「女性と高齢者の列」があるのでそんなに並ばず替えられた。
そのうちひとつの銀行は、2000ルピーが全部10ルピー札できたよ。
数えましたよ10ルピー200枚。ボロい札は使えないので要チェック。
案の定10枚くらい破れているのを交換する。

つい2、3日前までは4000ルピー替えられたのだけど、
何時間も並んだ末に銀行にキャッシュがなくなり、
そのショックで心臓発作で亡くなる人とか出てきてしまって、しかも30人も!
新紙幣の印刷も、一説によるとインクが足りない(!)とかで追いつかず、
換金限度額が2000ルピーに減らされたのだ。
銀行の外まで何百メートルも列ができていた最初の頃と比べると
列はそこまでではなかったが、それでも一時間じゃ効かないだろうな。
でもそれは、そんなに長時間並んでも、列の最後までキャッシュが回らない、ということに
人々が気づいたからで、決して新貨幣の流通状況が好転しているわけではないという。

外貨両替は、ジャイプール市内は、できるとこは皆無。どの銀行も、ノーキャッシュだって。
どこかで両替できても最低最悪のレートで、しかもあまり替えたがらない。
そりゃそうだ、元手のキャッシュそのものが流通していないのだ。

ATMは機能しはじめたところもあって、そこは長蛇の列だった。
でも限度額が2500ルピーしかないので、日本の銀行とインドの銀行両方の手数料を考えると
あまりに高くつくので今日はやめておく。

ネパールにいた時から、ショックを受けるのは覚悟のうえだったので
想定内であったとはいうものの、
この状況にあまりに楽観的なインド人がけっこういることにびっくり。
いやいや、そうでないインド人もいるのだよもちろん。
外国人にとっては、主にそういうインドの人たちのほうが共感しやすいのだけど、
私のなかよしのインド人たちもけっこう「これはインドにとってよいことなのだ!
痛みはすぐにすぎるから大丈夫なのだ!」みたいな感じで、
要するに、このヒンズー教至上主義の首相の支持が根強いのだ。
これに対するリアクションの違いによって、
またまたインドは分断されるのではないかと思うと楽観的になりにくい。
ここを話し始めるともう終わらなくなるので、ちょっとおいておいて。おいておきにくいけど!

やっぱりスケールが違うな、さすがインド!とは、
今回は考えられない、なんだか不穏な予感を感じてしまうインド。
ブラックマネー一掃の大義名分のもとにこんな独裁政治許されていいんだろうか。
日本の首相が、いきなり「今夜12時をもって一万円札が使えなくなります!」って言っちゃうようなもんだよ。

いつ、外貨両替が可能になるか全くみえないけど、
とりあえず、インド・ジャイプールに到着しました。
来週末にはゴアに南下する予定。
行ってからも一筋縄ではいかなそうだけど、私はとにかく元気です、ありがとう。

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ポジティブなニュースをカトマンズから。
ネパール出国の直前に、地震で半壊していたカトマンズ市内の仏教寺院、
ボダナートに行ったら、ストゥーパの修復が終了、お祝いのセレモニーの準備中だった。
復興遅々として進まずの部分も多いので、こういうニュースやっぱりうれしい。
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by shantiriot | 2016-11-22 16:49 | 日々のつぶやきもろもろ

やっとカトマンズに到着

4月24日に、ジャイプールから、一年半ぶりにネパールのカトマンズに到着。
去年の11月は、インドからネパールへの物資の供給がストップしていたため
ガスやガソリンが不足し、ネパール行きを断念。
結局、一ヶ月ジャイプール滞在の後、南インドのゴアに直行、
やっとネパールに着いたのは、
奇しくも地震から一年目。
地震は去年の4月25日だったものの、ネパール暦の一年は364日のため、
24日が一周年。
地震で亡くなったのは8000人以上。
カトマンズの旧王宮広場で、世界遺産でもある
ダルバルスクエアでも100人近くの人が亡くなり、
多くの寺院が半壊または全壊。
この日の夜は、ダルバルスクエアの寺院のほぼ全てに
キャンドルが灯された。

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地震から一年たって、
カトマンズは人々はすっかり、できるかぎりの生活に戻っている。
町中は、ほとんどの建物が建っている。
それでも、よく見るとひび割れている建物、
外からはわからなくても実は中はひび割れていたり、
中に入れない建物も多く、
それでも多くの人々はひび割れたくらいでは中に住んでいる。
建物が隙間なくぎっしり建っているために、
お互い支え合って倒れなかったそう。

地震から一年、
キャンドルライトで煌々と照らされたダルバルスクエアは、
割と朗らかな人々であふれかえっていた。

人はパニックの中では生きられない。
全てを日常化してしまうのがサバイバルなんだなあ、
と実感する。

一番ひどいのは山間部で、未だに村ひとつが土砂に埋まっていたりする場所も多く、
未だにテント暮らしの人も多い。
ネパール政府から来るはずの家を再建する援助金は全く行き渡っていないのが現状。

日本のみなさんからお預かりした10万円余りは、
できるかぎり目に見えるかたちで援助に役立てたいと思っています。
近況報告が今回も遅れてごめんなさい。
まだまだ支援が必要なところはたくさんあります。

今回はネパールでじっくり二ヶ月、
制作に励む予定。ちょっとプレッシャーで緊張してるけど、
それでも、
こっちが戸惑うくらいの、
ネパール人の強さと明るさと底力に励まされる。
余震は弱いのがまだあるみたいだけど
こっちの人の多くはすでに慣れている。

ミャンマー、熊本、エクアドル、ネパールはもちろん
地球が落ち着いてくれますように。

よし、新たにはじめよう。

合掌。
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by shantiriot | 2016-04-27 02:26 | 日々のつぶやきもろもろ
毎年、加速度的に日本滞在時間が早く過ぎていく。
今年もあっという間に日本の夏と秋を駆け抜け、
おかげさまで今年もインドに帰ってくることができました。
無事、11月初めに東京を出発し、インド北部ラジャスタン州の州都、ジャイプールで一ヶ月。
そして12月の初めに南インドのゴアに到着しました。元気です。

いつもなら、毎年インドの前に、まずネパールへ飛ぶのだけど。

実はネパールは、今ガソリンとガス不足で諸々大変な状態なのです。
9月半ばから、インドからの物資供給がストップしているため。

「今日からスクールバスないから自力でなんとか学校に来てね」とか
「調理用ガスがなくなったのでレストラン休業します」とか
バスも走ってはいるものの本数が減って、どのバスもぎゅうぎゅうで屋根まで人が乗ってる、
とかね、しゃれにならない。

ネパールは、今年、震災後に、やっと7年越しに新しい憲法ができたのですが
ものすごーーーくざっくり言ってしまうと、
あんな小さい国だけど、民族も政治団体もやたら多く、
要するに自分の意見を反映させたい人たちがやたら多いという訳で、
ちーーーっともまとまらないのです。
だから憲法を作るのに7年もかかった訳ですが、できたからといって国がまとまる訳もなく。
そんなんで新しくできた憲法が納得いかない
ネパール南部の人たち(インドとの国境近くで、インド人も多く、インドとの関係も密接)がストライキをおこし、
国境近くでインド側で物資輸送のトラックが5000台も立ち往生する事態に。(結局通れず)

実は、報道されていないだけで、ある意味震災に劣らない大変な事態なのです。
何より困るのはガソリンとガス。ネパールはこれをインドに頼らなければ生きていきません。
10月はトレッキングのベストシーズンなのに、震災の影響でただでさえ観光客激減のネパール。
そのうえこの追い打ちをかけられて、泣きっ面になんとか状態。
ガスにも普段の15倍くらいの値がついていて

彫金をするにもガスは必要です。カトマンズ在住で、私のジュエリーを作ってくれている職人も、
仕事用のガスが底をつき、今は最後のガスボトルを調理用だけに使っています。

という訳で、とりあえずは今年はインドに先に飛ぶことにしました。
ジャイプールで二週間くらい仕事して、その頃にはなんとか少しでも状況が改善されていたら、
ネパールへ飛ぶつもりだったのだけど、未だに状況は改善されず。

日本滞在中に、出店先各地で募ったネパール支援金は、100611円が集まりました。
ご協力いただいた方々に心よりお礼を申し上げます。
本当に本当にありがとうございます。
「どこかに寄付したかったけどどこだかわからなかったから、じゃあRIOに託すよー」
という方たちも多く、ありがたい限りです。
ネパールの復興支援をがんばってる個人も団体もとても多くて、選べないのが現状です。
何しろ被災した人たちが多すぎて(公の報道だけでも80万人超えてる!)
誰に何をしてあげるのがベストか途方にくれたのだけど

とりあえずは、私の優先順位は、私のジュエリーを作ってくれている職人さんたち。
家をなくしたり、家は大丈夫だけど実家は崩壊してしまったり、
途方にくれつつもがんばっている彼らに届けてこようと思います。

今年はそういう訳で、私はネパールには行けないので、現地に支援金を持って行くのには
まだもう少し時間がかかるかもしれませんが、必ず皆さんのご厚意はネパールに届けます。
ネパール復興にはまだまだ時間がかかります。
まずは職人たちとその家族がもとの生活に戻れるように少しでも役に立てればと思っています。

ゴアは、例年どおりであれば、そろそろネパールから職人を迎えて製作をはじめる準備で大忙し、
のはずなのだけど、
こんな状況でいろいろスムーズに進まず。
もどかしくはあるけれど、なんとか落ち着いて製作スタートできますように。

今年は先月ネパールに行けなかった分、冬から完全に逃げ切ることに。
ジャイプールは暑くもなく寒くもなく、ストーリーとしてはつまらないくらいに快適。
続いてのゴアも、ベストの気候である南国の冬に突入。
私はほんとに元気です。ありがとう。

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ゴアの家の前のココナッツの木。写真では見えにくいけどココナッツの実採集中。まるで階段をかけあがるようにココナッツの木にするするあっと言う間に登る。
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by shantiriot | 2015-12-16 01:00 | 日々のつぶやきもろもろ
意外なところで意外な人と会う事がよくある。
意外なところで意外な人がつながっている事が判明したり、
スモールワールド現象は、「まあ、あるよなあ、そういう事」
と受け入れていると、更にどんどん起こっていく気がする。

今週まで個展をしていたカフェ谷中ボッサに先月寄った。
ほんとはその日から、
10日間の瞑想コースに行く予定でキャンセル待ちをしていたのだけど、
結局当日までキャンセルが出ず、いきなり時間ができたので
夕方ボッサに行けたのだ。

閉店近くになって、
お店にボッサのお客さん/お友達のさわやかーな男性がやってきた。
芸大で教えている映像作家だと紹介されて、
ボッサの二人と和やかに話しながら
男性がお裾分けのジャムかなんか渡しているのを見ながら、

「なんか見覚えあるんだよなあーーー
でも会ったのすごい昔なんだけど
変わってなさすぎて、つじつまが合わないなあ」

と思いつつ、名前を聞いてみた。

「ミヨシです」

「あーーーっ!そうだ、三好くんだ!三好くん双子でしょ!」

「はい」

「そんでもって三好くんの双子の兄弟は陽子と結婚してるでしょ!」

「えええーーーっ!陽子ちゃんを知ってるのーー!??」

「知ってるよーー!ずっっっと会ってない!どうしてるの?会いたい会いたい!」

三好くんの一卵性の双子の弟(兄かもしれない)は建築家で、彼の妻が陽子だった。
十数年前に、友達のハウスパーティで何回か会って意気投合して、
ワインをがばがば呑んでマシンガントークを何度かやった。
頭がよく切れて、どんなお題を投げても何かはぽんと返ってくる面白い子だった。
フランス語ができて、小説家になると言って、いろいろ書きためていた。
そういや結婚式も行った!引き出物が、ゲスト全員分の手彫りの判子だった!
陽子とはメールもやり取りしていたんだけど、夫の仕事でフランスに引っ越して
私も旅人になったりして、特に理由もなく連絡がとぎれてそのままになってしまった。
ふと思い出して、どうしてるかなあーまた会いたいなあーと思いつつ、
連絡しなくなっている人っているでしょ。あれだった。

三好くんは、単にまだ若く見えるだけで、あの三好くんだった。
たぶん彼とは一回結婚式で会った、とかだけだと思うんだけど
何せ一卵性双生児なので、私の知っていた陽子の夫の三好くんと
瓜二つだったのだ。

私は、これで陽子とつながったー!と思って大喜びだった。
そうそう、会うべく人には会えるようになってるのよ!

そしたら、三好くんが

「そうか、陽子ちゃんを知ってるけどずっと会ってなかったんだね、
陽子ちゃん、亡くなったんだよ」

「へ?」

会える!と思った人が実は亡くなっていた、という事にうろたえて、
どうリアクションをとっていいかわからない。
私はなんだか力が抜けてしまった。

もともと身体が強いほうではなく、去年亡くなる数ヶ月くらい前から具合が悪かったそう。
その時は建築家の夫の仕事で、ミャンマーに住んでいて、
陽子は治療を受けるために日本に帰ってきて一ヶ月くらいで、
夫が帰国して数日後に亡くなったんだそうだ。
40歳だった。

三好くんもびっくりして、もう閉店時間をまわったボッサで
しばらく話を聞いた。今週末に、陽子を偲ぶ会、みたいなのをやるのだと言っていた。
私は口は動かしてなんか話してはいるんだけど、
頭の中は呆然としていた。

その日、遅れて合流するつもりだった集いはすでに盛り上がっていたようで、
どうしても大勢で盛り上がる気になれず、帰ることにした。
ボッサから根津駅までの坂道を下りながらやっと涙が出てきた。
陽子に会いたかったなあー。会いたいなあーって思ったのになあー。
死んじゃうなんてあんまりだよなあー。

ふと、この人ずいぶん会ってないけど会いたいなあーと思ったら、
友達の友達の友達、とかたどれば連絡つくのであれば
連絡してみたほうがいいよね。

人生、いつ何があるかわからない。
今年の4月のネパールの地震の時は
あの地震の一日後にネパールに飛ぶ予定だった。
無惨な姿になってしまったカトマンズの王宮広場は、
カトマンズにいる時の私の庭みたいなもので
あそこに行かずに一日が終わることはあり得なかった。
崩れ去った寺院の下敷きになっていたのは自分だったかもしれない。
そう思うと、生き残った特攻隊員みたいなんだけど
「借りた命」みたいな気がして、
「ちゃんと」生きなきゃなあーとますます思うようになった。

「ちゃんと」っていうのは
あたりまえの事があたりまえにできていることに感謝することだと思う。

今日も朝のコーヒーが美味しかった とか
今日もごはんが美味しかった とか

あれ、食べることばかりだけど

一日を無事にスタートできて
一日を無事に終われる

ことにありがとう、なんだと思う。

そして、伝えたいことを伝えたい人にちゃんと伝えられているかな、
ということなんだと思う。
愛してる人に愛してるって言うとかね。
感謝してる人にありがとうっていうとかね。
次回があるということをあたり前と思ってはいけない。

私は一つの場所にずっといない生活をしているので
余計そのへんの「ちゃんと」は大事にしなきゃな、と思う。

陽子の義理の兄弟である、映像作家の三好大輔くんは、
地域ごとに、昔の8mmフィルムを掘り起こしてまとめて(すごい作業!)
映像作品を作っています。少し見せてもらったけど
その地を知らない私でも、記憶の奥底をくすぐられるような映像。

富士フィルムのCMも作ったんだって。
で、富士フィルムにインタビューもされてます。
ここで彼の映像もちょっと見られます。
何も話さなくなっていたおじいちゃんが映像を見ていきなり話しだしたりするんだって。
素晴らしいライフワーク。

PHOTO IS POWER Vol.30 三好大輔
特別編「映像の力」


そして、この出会いの次の日、
あきらめていた瞑想コースから空きが出た、とのお知らせがあり
3日遅れで瞑想コースに参加したのでした。

こういうタイミングだったんだね。
出会いに感謝。
合掌。

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by shantiriot | 2015-10-22 11:48 | 日々のつぶやきもろもろ
戻ってきました、一ヶ月ぶりの東京!

高知→兵庫・尼崎→京都→三重・亀山→佐渡島→新潟→東京!

ああ、今年もしみじみ大満喫。
仕事にかこつけて諸々まわれて、合間みて遊んで、
感動して泣いたり笑ったり泣き笑いしたり。

和太鼓集団、鼓童が毎年ゲストを呼んで開催する
佐渡島アースセレブレーションは、例年のごとく、怒濤の12時間出店3日間キャンプ!
ぶっちぎり一番日本のシーズンでハードなんだけど
それでも年一回しか来られない場所、年一回しか会えない人、
が嬉しくて、毎年終盤は寝不足ハイ。

想定内ですハイ。

今年は、佐渡島アースセレブレーション(略してEC)メインイベント、
城山公園でのコンサートが最後でした。

ふもとに神社がある小さい丘の上にある、
ふだんはゲートボールの練習場とかになってる(らしい)公園が、
この時だけ3日間の期間中、毎晩2千人収容できるコンサート会場になる。

毎年一回は店を放ってこのコンサートに行ってしまうのだけど
今年は最後だからいつも以上に気合いが入り、
マーケット出店者も軒並み四軒全員、前売りチケットを買ってスタンバイ。

コンサートはいつも以上に出店者が見に来ていて苦笑。
今年はインドネシアの伝統音楽・ジェゴグのsanur agungがゲスト。
和太鼓との相性がぴったりで、ぱーんと全開のハッピーオーラに幸せ酔い。
佐渡島に通ったあしかけ10年を想って、やっぱり泣く。

コンサートが終わったら、すでにネジがふりきれたまま、涙目で店に戻って夜の商い。
お店再開をお待ちいただいた奇特なお客さまありがとうございました。
そうなのです仕事で来ているのです、
仕事で来ているのですが、仕事だけでは来られないのです。
こんなハードな出店、好きじゃなきゃ絶対来られない。

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誰かが太鼓各種たたき出したら、とりあえず踊る。
芝生の上で一日中裸足で過ごすのは気もちいい。

雨降るには降ったけど、だんだん天気がよくなるパターンだったので
雨にも負けて風にも負けるもやしっ子の私も、なんとか乗り切る。

また来いよー!
また来るよー!
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第一陣の佐渡から出て行く船を見送って、
今年も2日感遊んで帰ったよー

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廃校になった小学校を利用した、
ギャラリーっていうかなんていうか、とにかく異空間の大滝楽舎。
宮崎駿のキャラクター勢揃いしそうです。
朝起きていきなりこの光景は素晴らしかった。

佐渡島にはどうせ行くんだから、だったら日本の他の場所にも
行ってみようと思って、半ば無理矢理始めた日本ツアー。
やってみたら、疲れより充電のほうが多かった。

新潟の友達宅に寄って、東京に帰ったら、きっかり一ヶ月ぶりだった。

今年の夏も、私のどたばたにおつきあいくださった皆さまありがとう。
ほんとに、優しい、というか人間ができている方々のおかげで
こんな生活が送れます。ありがとうありがとう。

そんな訳で帰って一息、と思ったら、
早速、浅草の村のバザールでの「朝崎郁恵と奄美の八月踊り」
に出店。奄美の唄声に酔いしびれて、(もうこれ書ききれないんですが素晴らしかったの)

そうか、私の夏はまだ終わっていなかった!ということに気づく。

と思ったら、今週末9月5日と6日は伊豆・下田のHappy Buddhaにて小商いでーす
https://www.facebook.com/pages/Happy-Buddha/304075033108606?fref=ts

12時から日が沈むまで。
おうちカフェのデッキで、
Happy Buddhaの魔女、なっちゃんの魔法のスムージーが楽しめます。

ビーチまで歩いて行けるって。
しまった、また夏がはじまってしまう。
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by shantiriot | 2015-09-01 01:05 | 日々のつぶやきもろもろ
ただいま東京!
一ヶ月ぶりに東京に帰ってきましたー。

佐渡での「酔」からまだまだ冷めぬままにようようギャラリー開催。
お越しいただいた皆さまありがとうございました。

そしてその前は怒濤の佐渡島での一週間!
8月22日から24日まで行われた、太鼓芸能集団、鼓童主催のアースセレブレーション。
一日目は、夕方から雨の予報。
城山公園の鼓童のコンサートも大丈夫?

そんでもって午後に降り始め、ちょっと風まで吹いて、一瞬店テント大丈夫?

と思ったものの、
まさかのダブル虹!快晴!
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やったあー!

ということで私は夕方、鼓童のコンサートを見に行くことにする。

アースセレブレーション、もちろん仕事で来ているのだけど、
3日間期間中、一回の夕方は鼓童の演奏を見に行くことにしてる。
まわりの出店仲間にお願いして、ざっくり店を閉めてしまい、
いつも開演直前に城山公園(山の上です)に登って、
アンコールを聞きながらテンション高く坂を駆け下りて夜また開店!

いやあ、鼓童を見る度に毎度言うし、今回も言うけどさ、

「日本は、世界に誇れる素晴らしい文化を持っている。」!!

おかげさまで今年も楽しくマーケットができました。
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とはいえ、金曜の夜中はものすごい雨と雷で、
雷の振動と稲妻でテントの中が明るくなって飛び起きる!など初めての体験(怖かったー)

他の出店者は店テント崩壊してたり寝るテントも浸水してたり、佐渡の天気はほんと侮れない。
(私の店テントは奇跡的に無傷)

ご来店してくださった皆さまありがとうございましたー!
佐渡のお客さまに、「今年も会えてうれしいー!」と言われるのが本当にうれしい。

一年一回しか会えない出店仲間もいるのだけど、短くも濃い時間をありがとう。
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そして、月曜の朝に佐渡島の小木港から出る船を見送る。
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恒例送り太鼓。「まーたー来いよー!」
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このまま佐渡から東京帰ってしまうのはもったいないので、二泊する。

泳げなかったけどさ、雨模様ならではの佐渡も満喫。
盛りだくさんすぎて、要別途レポート。

終わったなあ、日本の夏。ありがとう佐渡。
まーたー来るよー!
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by shantiriot | 2014-09-01 15:50 | 日々のつぶやきもろもろ

踊る野良着!

心の友 つるかめやのべっちゃんが
わざわざ岡山くんだりから出てきて
国分寺 カフェスローにて
「踊る野良着」展を開催するよーというので
私もわざわざ行ってきました。

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タイパンツならぬ、亀パンツと亀スカート。
絶妙な柄合わせがたまらん。
試着するだけで気分があがるのだ。
他のお客さんもいっしょに、お互いをべた褒めしながら試着合戦。
私も思わずスカート購入。

べっちゃん本人も、作品に負けぬラブリーさ。
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画家の井上ヤスミチくんの
生命力あふれるうちわもあります。

今週の日曜までです。センスある色の洪水、見るだけであがる。

その後、臨月の幼なじみを訪ねる
初めて見た、ベリーペインティング!じゃじゃん。
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超期間限定アート!
ただでさえご利益ありそうな臨月のお腹、思わず手を合わせたくなるわー。
3歳からの友人、出産立ち会いたいくらい楽しみなのだ。
元気な赤ちゃん秒読み状態、もうすぐ会えるね。

じわじわ、ああ日本に帰ってきたなあーと思う日々。
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by shantiriot | 2014-07-09 01:06 | 日々のつぶやきもろもろ

生き証人ボーダーライン

昨日、父の古い友人である、おじさん(76歳)と呑んだ。
戦争の話になった。

おじさんは、終戦時7歳。
10人兄弟の一番下(!)。
うち、9人男子(!)
うち、5人が兵隊にとられる(!)
うち、3人が帰ってこなかった(!)

遺骨はないので、
石ころが入った木箱(!もうあまりに!だけなので以下省略)
だけが帰ってきた家に、弔問客が訪れる。
お母さんは黙って、いろりを火掻き(ひかき)でかきまわしている。

誰かが
「でも、あんたんところはたくさん子どもがいるから」と言う。

すると、それまで黙っていろりをかきまわしていたお母さんが、
頭をあげて、きっと目を見開いて、
ザクっと火掻きをいろりに突き立てて、きっぱり言った。

「いらん子を産んだ覚えはないっ!」

おじさん
「僕ねえ、あん時のおふくろの顔が忘れられないんだよー」

お孫さんにぜひ今のお話をしてくださいと言ったら
そうだね!そうするよ!と言っていた。

戦争の生き証人のボーダー世代。
もっと、子どもたちに生の声を聞かせてあげたい、と思う。
戦争は無意味で絶対的な悪だと思って育つことは
とても意味があると思う。

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ゴアの夕焼け。
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by shantiriot | 2014-07-03 11:41 | 日々のつぶやきもろもろ

RIO :天然石とシルバーの一点もの中心のジュエリーブランドShanti Riotのデザイナー。インドネパールを中心に旅しつつ制作しつつ、まったりとエキサイティングな日々を送っています。Home is where your heart is.


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