「ほっ」と。キャンペーン

RIO :天然石とシルバーの一点もの中心のジュエリーブランドShanti Riotのデザイナー。インドネパールを中心に旅しつつ制作しつつ、まったりとエキサイティングな日々を送っています。Home is where your heart is.


by shantiriot
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

カテゴリ:初インド旅エッセイ( 8 )

d0132132_23151258.jpg

さよならインドをした直後に、
ダイレクトに東京に戻らなくてよかったとつくづく思う。

私より三日先にバンコク入りしていた、
インドで会った友人とバンコクで合流する。
彼女はあまりのインドとタイのカルチャーギャップに、
ほとんど部屋を出られないでいた。

ごちゃごちゃカオスのはずだったバンコクは、
インドで半年を過ごした後に見ると
とても整備が行き届いているように見えた。

牛の落とし物がどこにでもあったインドで、
すっかり下を見ながら歩く癖がついてしまっている。
「そんなもんここには落ちてないよ」
同じことをさっきまでしていた友人に指摘される。

そうだ、だって牛がいないんだもん。
インドのむちゃくちゃカオスを思い出し、切なくなる。
映画を見にショッピングモールに行く。
久しぶりのエスカレーターに緊張する。

「お茶していこうか」
「そうだね、そうしよう」
「……」
「…ほんとに、お茶したい?」
「…帰りたい」

ツルツルぴかぴかキラキラのショッピングモールは
どうも居心地が悪くて、そそくさ帰ってきてしまう。
2日後には、南の島に向かうバスに乗っていた。

インドから日本にダイレクトで帰ったら、
適応するのに苦労するのは目に見えていた。
タイで過ごした1ヶ月は、
インドから日本にシフトする間のワンクッションになってくれた。

東京生まれ、東京育ちなのに、
日本に帰って戸惑うものがたくさんあった。

トイレットペーパー、こぎれいな街の人々、
ぴかぴかネオンと満員電車。

戸惑うたびに、インドで見た、安っぽいポスターを思い出す。
インドには、いまいち主旨がわからないメッセージがはいった、
大判のハデハデポスターがレストランやゲストハウスの中によく貼ってある。

例えば、おむつをした赤ちゃん(白人)が
つぶらな目をしてバラを握っている。
もちろんソフトフォーカスである。
そしてそこには "God is love" の文字。

どこかちぐはぐなものばかりで、
しかも同じポスターをあちこちで見かける。

その時見たポスターも、その一枚だった。
何回も同じポスターを見ていたはずだった。
草原の中の庭付き洋風一軒家。それだけ。
横に書いてある言葉は、
"Home is where your heart is."
(ハートのあるところが故郷)

そうだよなあ。ほんとにそうだよなあ。
何回もみていたそのポスターに、ある時いきなりハッとした。
くさい台詞って、だてに長いこと生きてない。
生きていくことなんて、突き詰めればくさいことばっかりだ。

「私のハートはインドにある」
なんて知ったようなことはいえない。
日本だって大好きだもの。
でも、ハートがあるところってひとつじゃなくてもいいなあ、とも思う。

※五年後の註:これは津波の前に書いたもの。
あれからピーピー島にはもどっていません。
美しい島と美しい人々を思い出すと胸が痛いです。
本来の意味の復興にはとてつもない時間と労力がかかると思いますが、
島の人々の笑顔がもどることを心より願っています。

[PR]
by shantiriot | 2007-09-27 21:24 | 初インド旅エッセイ
d0132132_9381382.jpg

もっと余裕を持つはずだったのに!
気がつくと、6ヶ月のインドビザが切れる日が
3日後にせまっていた。

3日後には、インドの東端のカルカッタからの
飛行機に乗らねばならない。
なのに私がいたのはインドの西のデリー。
あわててデリーからカルカッタまでのチケットを買う。
逆三角形をしたインドの、角から角まで横断するわけだ。

もちろん30分遅れで出発する。
もちろん誰も動じない。
デリーを出てから10時間もすると、
列車の水タンクは空になる。
当然トイレの水もない。

あせる私に隣のおじさんが、
“Don't worry madam, I provide you water!"
(ご心配なくマダム、私が水を準備しますから!)
と高らかに叫ぶ。

そして、列車が止まるたびに、ペットボトルをつかみ、
ホームの水道に走って水を持ってきてくれた。
しかも列車は各駅停車。しょっちゅう止まるから
しょっちゅう水を汲みに走る。
なんて頼もしい。

列車に外国人は私ひとり。
そのおじさんはベンガル州(カルカッタが州都)の人で、
私と同じ年の娘がいるのだと話してくれた。

「インドでは女性ひとりで旅をするなんて考えられませんよ!」
つい娘のことが頭によぎるのか、
こんな無鉄砲な外国人に世話をやかずにはいられなかったのだろう。

別れるときにお礼をいうと、
「お礼はいらない。そのかわりにベンガル語
(ベンガル地方の言葉。インドは他言語国家だ)
を学ぶと約束しなさい」と力強く念を押される。

デリーからカルカッタまで33時間のはずが、
結局38時間後に到着。
絵の一枚や二枚描けちゃうわけだ。

インドの列車は、一度停車してしまうと、
平気で一時間も二時間も動かなくなるのが日常茶飯事。

しかし、イライラしている様子の人がひとりもいない。
じたばたしている自分にふと気づいて空しくなる。
あきらめて、「インドインドインド・・・」と、
いつもの念仏を唱えて乗り切る。

ラクチンとはほど遠かったけど、
退屈ともほど遠い、最高の六ヶ月だった。
インドを好きかどうかは、
love か hate のどちらかで中間がないとよく言われる。
私は、たぶんインドを嫌いになる人と同じ理由で、
インドが大好きなんだと思う。
[PR]
by shantiriot | 2007-09-27 21:19 | 初インド旅エッセイ
d0132132_9392549.jpg

ガンジス河沿いのレストランで、
朝食兼昼食をとる。
おなかがいっぱいになったら、
チャイを飲みながらぼんやり河を見る。

暑すぎず、寒すぎず、ほどよい日差しと、
そよそよ河から吹いてくる風が絶妙なバランス。

なんて気持ちいいのかしらと思っていたら、
ふと河に浮いているオレンジ色の物体に気づいた。

川岸に近い岩に引っかかってゆらゆらしている。
一瞬等身大の人形かと思う。
でも、人形って感じでもないということがだんだんわかってくる。

ぼんやりした頭のままで、
いっしょにいた友人に、
「あれってさあ、もしかして…」と言ってみる。
「・・・もしかして、だよね」ぼんやりしたままで彼が答える。

店の男の子に振り返る。「…もしかして、あれは?」
男の子、さもだからなんだよと言いたげに、「そう、それ」。
 
リシュケシュから離れたガンジス河の上流の山村では、
遺体を母なるガンジスに返す習慣が
まだ残っているのだそうだ。

あまりにきれいなオレンジ色が、
人体模型のようで、現実感が伴わない。

その前夜は満月だった。
あまりに月がきれいだったので、
ガンジス河の岸で焚き火をする。
ちょっとしたパーティになる。
同じ友人と、月の光でいっしょに絵を描いた。

ぼんやりしていた彼が、
「あっ!」という顔で前夜に描いた絵を取り出す。
岩らしきものにひっかかっている人間が描かれていた。

「まあ、結局は、インドだもんね…」
「そうそう、インドインド」
他にどう言えばいいのかわからなくて、
そう言ったものの、
私も彼もそれ以上言葉が見つからず、
水面に落ちた鯉のぼりのような、
オレンジ色の物体がひらひら動くのを見つめていた。

漂い続けるオレンジは、
こうして揺らいでいて幸せなんだろうか。
思った瞬間、「入れ物」でしかない「ゆらゆら」に、
幸せかどうかもないよな、と思う。

死の中に生があって、生の中に死があって、それがあたりまえ。
だいたいこの漂うオレンジと私を
決定的に分けているものなんてあるのかなあ。
答えの出ない疑問が頭をぐるぐるはしていたけど、
不思議と気持ち悪いとは思わなかった。
[PR]
by shantiriot | 2007-09-27 21:13 | 初インド旅エッセイ
d0132132_9431498.jpg

母なるガンジス河の源、ガンガトリ。
ガンジス河というとバラナシが有名だが、
インド北部を横断するように走るガンジスは、
バラナシよりはるかに北東のガンガトリから始まっている。

ガンガトリはインドにおける、
ヒンズー教最大の聖地のひとつ。

何たって川幅1kmくらいになるだろうガンジス河が、
二つの岩に挟まれた隙間から
ごうごうと音をたてて、滝となっておちている。
その幅、せいぜい私が両手を広げたくらいで、よくて2m。

見ているだけでなんだかビリビリしてくる。
ガンガトリで、偶然イギリス人旅行者の友達に再会する。
彼はもう一週間もいるという。
どんなにここがスペシャルな場所かを熱く語り、
自分の散歩コースを案内してくれた。

落ち葉を踏み分け、道でない道を歩く。
「ここは一人でいろいろ感じながら歩いたほうが絶対いいよ」
そう言って、彼はさっさと先に行ってしまう。
散歩コースの終わりに、断崖絶壁になっている場所があって、
彼はその淵に立っていた。

「ここに立ってみて」
私が極度の高所恐怖症だということを
知っているのにそんなことを言われる。
とんでもないよーと言う私に、こう言った。

「崖っぷちに立ってから、
怖いと思うまでには間があるはず。
その間隔をなるべく長くするんだ。
恐怖をブロックしてごらん」

怖いと思うまでの時間を引き延ばすなんて!
初めてトライしてみた。
結局、最後には怖いという気持ちはやってきた。
でも、確かに間はあった。
恐怖は、やってくるものだったんだ。
最初から、怖いものは怖いのだと思っていた私には
目からウロコだった。
彼が自分のこめかみをトントンとたたいて笑った。
「すべてはここにあるんだよね。」
[PR]
by shantiriot | 2007-09-27 21:09 | 初インド旅エッセイ

インド北部 マラナ(2003)

d0132132_9442591.jpg

そこにたどり着くには、
3時間の急斜面を歩いて登る以外に道はない。

旅先で会ったイスラエル人の旅行者達に
どうしても行こうよと誘われなければ
たぶん素通りしていた。

マラナが他の村と決定的に違うのは、
2000人余りしかいないその村だけの言語がある、
というだけではなかった。

村には、厳しい掟があった。
「村の外から来たよそ者に触ってはいけない。
触らせてもいけない。」

マラナの人たちは、アレキサンダー大王の子孫と言い伝えられている。
彼らにとって、私たちは犬以下のカーストというわけだ。

それなのに不思議と、いやな気持ちはしない。
歓迎されていないのはわかるけど、
特に拒絶されている気もしない。
不思議な感覚だった。

この村に来るのは勝手だけど、
自分たちは関わらないよ、
という態度のように見えた。

ゲストハウスも、他の村の人たちが経営している。
そりゃあそうだ。
よそ者を泊めるビジネスなんて村人がやるわけがない。

村の商店で買い物をするときは、
直接ものやお金の受け渡しはしない。
いったんカウンターにものなりお金なりを置いて、
それを相手が受け取る。

マラナの人の顔のつくりは、
他のインド人たちと明らかに違っていた。
どこか東欧っぽい彫りの深さ。

村を抜けた丘からは、
まぶしいくらい明るい緑のヘンプ(大麻)の畑が
山間一面を覆う。見渡すかぎりのライムグリーン。圧巻。

この村の経済は、これで成り立っている。
畑に降りていく途中の山道で村の女の子とすれ違う。
自分よりはるかに大きい草の束を背中にしょっている。
牛の落とし物を避けて一歩脇にそれた私が、
少しだけ彼女に近づいた。

その瞬間彼女が鋭い悲鳴をあげた。
「ごめんごめんごめん、さわってないさわってない!」
私のほうが焦る。
思わず両手を万歳のようにあげてしまう。
電車で痴漢と思われて
身の潔白をしめそうとする人って
こんな感じかしら、と思う。

夕方、村の中央広場で、
いっしょにいた旅行者といっしょに絵を描く。
すぐに子どもたちがわらわら寄ってくる。

私がスケッチしていた女の子が首を伸ばして絵を覗き込む。
それでも私たちと子どもたちの間には、
常に目に見えない壁が2mはキープされたまま。
私が動くと見えない壁も動く。
好奇心いっぱいの子どもらしい笑顔でも、
村の掟はしっかり理解しているのだ。

広場にある寺には、
"Don't touch anything. 1000Rs fine."
(何であろうと手を触れないこと。罰金1000ルピー)
という木札がかかっている。

罰金欲しさの掟だとも言われる。
そうかもしれない。
でも確実にこの村の人たちには、
明らかに自分とは違う次元の時間が流れているのだった。
非日常も毎日続ければ日常になる。
「普通」なんてどこにもないのだ。
よそ者の私に言えるのはそれくらいだった。
[PR]
by shantiriot | 2007-09-27 21:05 | 初インド旅エッセイ

インド北部 キリガンガ

d0132132_9462138.jpg

キリガンガは北インドの山間部パールバティバリーから
バスと歩きで丸一日かかる。
ここもインドの聖地のひとつだ。インドは聖地だらけなのだ。

訪ねてくる旅行者にテントを貸し出す小屋が2、3軒あるだけで、
居住区にはなっていない。
5時間黙々と山道をのぼるうちに雨が降ってきた。

キリガンガはヒンズー教の神であるシバ神の息子が
1000年だか2000年だか瞑想したところ、らしい。

ここらへんの時間の間隔に、
インドはすごいと思ってしまうんだけど、
雨に降られた私はびしょぬれだわ寒いわ逃げ場はないわ、
でキリガンガの神聖さなんてどうでもよくなってくる。

1000年でも2000年でも勝手に瞑想しててくれ、
あたしはもう帰るよ、と
後ろ向きモードになってきたところで、パッと道が開ける。

タイミングを同じくして雨がやむ。
あたりには霧が立ちこめ、
なんだか急に空が近くなった気がする。

「なるほどね、これだったら1000年くらい瞑想しちゃうよねえ」
急にものわかりがよくなる私。

月を見ながら温泉にはいる。トイレはないので、
みんな山の中に水のボトルを持って消えていく。
慣れるとこんなに気持ちいいものはないのだ。

何にもない、の贅沢。

人間に必要なものってそんなに多くないんだなあ、
と感慨にふけるのもつかの間、
夜凍えそうになって毛布を借りた。
[PR]
by shantiriot | 2007-09-27 20:45 | 初インド旅エッセイ
d0132132_9474996.jpg

ヒンズー教の神、シヴァ神は、創造と破壊の神。
インドでは最も敬われている神のひとつだ。
そのシヴァが、妻パールバティと、
1000年ものあいだメイクラブしたと言われる渓谷、パールバティバリー。

砂漠地帯のラダック地方で一ヶ月過ごしたあと、
喉がかわいたように緑が恋しくなった。
予定を変更して二日間バスに乗って山を降り、マナリに帰ってくる。
やはりラダックから帰ってきたばかりの友人のバイクの後ろに乗せてもらい、
パールバティへ行く事にする。半日のドライブ。

あまりに久しぶりの緑の洪水で目の中がいっぱい。
ほんとにほんとに砂漠のグレー以外の色に飢えていた。

谷間をバイクで走りながら、
うれしさのあまり言葉にならない言葉でおたけびをあげる。
このときから、感動したらとりあえず絶叫、
ってのもシンプルで悪くないと思うようになった。

あまりに緑がうれしくて寄り道をしすぎたため、
思ったより時間がかかった。
暗くなってから、レンタルしたバイクのライトが壊れていることに気づく。
電池がなくなりそうな懐中電灯(インド製)の弱々しい明かりで
私がバイクの後ろから照らしながら、谷間をよろよろと走った。
すごく長い時間走った気がした。

次の朝同じところを通ってみた。ものすごい断崖絶壁。
知らぬが仏、ってよく言ったもんだ、と思う。

バイクを運転していた友人がつぶやく。
「孫ができたら話してやろう」
彼はとても若かったので、その前に子どもができたら、じゃないのか、
と突っ込みたかったけど、とりあえず同感。
私もいっしょにため息をついた。
[PR]
by shantiriot | 2007-09-27 20:40 | 初インド旅エッセイ
d0132132_949577.jpg

インドの北の北、ラダック地方へ向かう出発地点、
マナリの近くにバシシュトという村がある。
30分くらい森の中を歩いていくと、
岩肌を這うような、絵に描いたような美しい滝が突然現れる。

滝まで歩いて、
または馴染みのレストランの屋上で、
だらだら「滝に行く話」を一日中して、
夕方になると、村のど真ん中にあるヒンズー教のお寺の中にある温泉に入る、
というのが日課だった。

旅先で強烈なキャラクターにはたくさん会った。
なかでもトニーはすごかった。
インド在住25年のスウェーデン人で、
太極拳の先生。京都に住んでいたこともある大の日本好き。
日本の有名な尺八奏者がくれたという尺八を大切にしていた。
彼の演奏の巧みさに敬意を表してわざわざ作ってくれたんだそうだ。

中国の占いで、
コインを投げて占う「イーチン」を100%信じていて、
全てはそのお告げに従って25年間生きてきた。
「イーチンは、いつでも正しかった」きっぱり断言する。

この絵を描いた日、何人かいっしょに滝に行った。
トニーのいたゲストハウスの犬が、妙に彼になついていて、
滝までちゃっかりお供をしていた。

帰り道、激しい夕立ちに見舞われ、
転び続けて泥まみれになった。あまりに雨が気持ちよくて、
みんなびしょぬれのまま大笑いしながら
帰ってきた。犬もびしょぬれのまま実に楽しそうにくっついてきた。

そのまま寺の中にある温泉に直行。
すっきりしたあと、トニーの部屋に全員集合。
イーチンのお告げに従い、
トニーがデリーで買ってきた絵の具で、
5人いっせいに絵を描いた。

こんなにすっきりしたのは久しぶりだった。

見せるために表現するのではなくて「出す」ことが必要だったんだ、と思った。
出していいんだ、と思ったら自分でもびっくりするくらい楽になった。

「イーチンが絵の具を買えと告げたのは、
君のためだったんだよきっと。」
トニーに言われた。
中に渦巻くものは、出したほうがいい。
簡単だけど大切なこと。
彼は今でもフルパワーで、インド各地で太極拳の指導にあたっている。
[PR]
by shantiriot | 2007-09-27 20:01 | 初インド旅エッセイ