旅立つタイミング

土曜の夕方に、
インドの首都、デリーに到着。
昨日の夕方、バスで五時間半離れた
ジャイプールに着きました。

金曜の夕方、パッキングも追い込みで、
商品もまだ発送できてないし、
ああ今年も一睡もしないで旅立つのは必至だあー
と、睡眠はあきらめ、
最後の日本食の買い出しをする。
やっぱりね、非常食に持っていきたいのね、
調子を崩したときにこの味噌汁があるかないかで大違いなのである。
その他もろもろ最後の買い物をして、
携帯を解約して、夕方家にもどってきたら、祖母危篤、のニュース。
それから30分とたたずに、亡くなったとの電話が入った。

94歳。最後の二ヶ月半は病院。
最後は入れるのも出すのも全てチューブをとおして、
酸素マスクも必要だった。
祖母がその状態で苦しがっている様子を
家族から聞くと、
延命治療、について正直疑問を持った。
「おばあちゃん、もういいよ、逝っていいよ」と思った。

両親には、
おばあちゃんにもしものことがあっても帰ってこなくていい、
と言われていた。
今年も、祖母の容態が夏に悪くなってからも、
もしものことがあっても予定どおり旅立っていいよ、と言われていた。

祖母の具合が悪くなってから、入院する前に家に会いに行った。
腹水がたまってパンパンのおなかで、ごはんもほとんど食べていない状態で、
私の両親が誰だか混乱しているみたいだったけど、
とりあえず孫がきてくれた、ということはわかっていて、
うれしそうだった。
祖母に話しかけるたびに手をにぎって背中をさすった。
びっくりするほど小さくなっていた。
これが最後かなあと思っていたら、ほどなく入院した。

何しろもう90すぎていたので、
毎回インドに行くときは、これが最後かも、と思っていた。

なんてタイミング。

どちらにしろ予定どおりに私がインドに旅立つとしたら、
もし祖母が逝くのが週の前半だったら、
ただでさえものすごい忙しい出発前最後の週に、
自分の祖母の通夜と葬式までこなさなきゃいけなかったとしたら、
もう考えただけで目が回る。

私の出発まであと12時間!というときの祖母のニュースは、
今更出発の予定は変えられない、という式に出席できない大義名分はあり、
しかも亡くなったという事実は家族とその場でシェアできて、
一応の気持ちの区切りをつけて私は旅立てる、というタイミングを
まるでお膳立てしてくれたみたいだった。

『おじいちゃんのそばにいきたい」と
祖父が亡くなったときから
いい続けてきた。祖父が亡くなったのは私が14歳の頃だったから
20年以上。念願かなってよかったね、

デリーには、私がいるところから歩ける距離に、
シーク教の大きな寺院がある。
あのターバン巻いてるインド人がシーク教。
裕福な人が多くて、寺院も立派。
何百人も沐浴できそうな、巨大な水場(プールみたいなのね)があって
そのまわりを人が歩いている。
24時間、生の音楽が響き渡り、夜になるとドーム状の建物が
ライトアップされてまるでディズニーランドみたい。
お通夜の予定は日曜の夜。
仏教徒の祖母は、シーク教なんて名前も知らないだろうけど、
ちょっと落ち着いて祖母のことを考える時間がほしくて、
日曜の夜にシーク教の寺院までリキシャで行った。
だだっ広い、沐浴用のプールは、夜だけど数人が沐浴している。
遅くまでお参りする人があとをたたない。
プールのそばに腰をおろして、祖母のことを考えた。
どんな人生だったんだろう。彼女は幸せだったのかな。
小一時間は座っていたけれど、
好奇心旺盛なインド人も、さすがにその場では一度も声をかけられなかった。

おばあちゃん、ありがとう、すっきり旅立たせてくれて。
旅の守り神がふえた気がする。
合掌。
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by shantiriot | 2009-11-03 16:56 | 日々のつぶやきもろもろ

RIO :天然石とシルバーの一点もの中心のジュエリーブランドShanti Riotのデザイナー。インドネパールを中心に旅しつつ制作しつつ、まったりとエキサイティングな日々を送っています。Home is where your heart is.


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